どうしようもなく人に弱音を吐きたくなったとき、あとおっぱいを見たくなったとき、ぼくはキャバクラに行く。
最近の若者はキャバクラよりもコンカフェ派と聞くが、学校が嫌いだったぼくは、あの文化祭の延長のような空間がニガテで、むしろギラギラした夜王や嬢王(ともに昔のドラマです)のような内装のお店に心が惹かれる。
夜のお店で吐く弱音は、個別具体的な誰かのグチとかではなく、「もうぼくはダメなんです」という、お金を受け取っても聞きたくないような、自分勝手で一方向な独白だ。大抵の女の子は「そうなんだね、そうなんだね」と深堀りするのすら面倒臭そうな感じで、ぼくの話を流す。
「よし!今日も弱音を吐きに行こう!」と事前にお酒を飲んでシャキッとウォーミングアップをしたところで、その日もお店に入った。
隣に着いてくれた女の子は蘭ちゃんという源氏名の子で、「本名が雪であること(こっちもこっちで源氏名っぽいよね笑)」「お客さんには『淫乱とか乱れるって書いてランじゃないの?』とよくイジられる」ということを、着席30秒もしないうちに話してきた。
乳首まで見えるんじゃないかというくらいの、胸元が露わになった真っ赤なネグリジェのようなドレスを着ている彼女を見ると、ウェスト60cm、Gカップというプロフィールは嘘じゃないことがわかる。
「形が良すぎて、よく偽乳だと言われるけどそんなことないの」
と初対面から1分も経たずして、ぼくにおっぱいを触らしてくれた。いちおう言い訳をするが、決してそういうお店ではない。お触り厳禁のお店だ。
大塚愛にソックリな外見だったので、「これはあたりだ」とニコニコ気分だったのも最初の5分くらいで、以後ずーと彼女が一方的に喋る喋る。
「ぼくは、ダメになってしまったんですよ」というお得意の告白を挟む隙もなく、ずっと蘭ちゃんのターンだった。
「蘭という名前は名探偵コナンが好きでそこから取ったこと」
「最近のコナンの映画の批評」
「通っていた小学校には、雨の日は漫画持ち込み可の校則があったこと」
「こう見えても中学はバスケ部で、スラムダンクの影響を受けたこと」
「高校は演劇部で、演劇の勉強の一環で芸人のライブをよく観に行ったこと」
「オードリーのドーム公演に感動したこと」
「高校時代からAMラジオ派だったこと」
「中学時代の元カレが劇作家として大成していること」
「その彼が手掛けた初舞台に中学のクラスメイト皆が招待され、劇の打ち上げがプチ同窓会になったこと」
会話、というよりも蘭ちゃんの話は一方的にずっと続き50分経過。退店の時間になったので帰ろうとすると、「私も帰るからアフターしない?(はま寿司の代金出すなら無料でいいよ)」と言われ、その後もずっと話を聞き続けた。
「バスケ部時代の接触事故で腕を故障して運動を諦めたこと」
「16歳で当時の彼氏(28歳)と結婚し高校を中退するも彼氏のDVが原因で2年で離婚したこと」
「20-22の期間に東大生の男と付き合うも、堕胎を2回強要され愛想が尽きたこと」
「27歳現在フリーですなこと」
話を聞き終わる頃には終電なんかとっくに過ぎて、34時。朝帰りと言うか、昼帰りとなった。
n=2の偏見だが、高校や大学をせずに社会人となった人は、小学生・中学生時代を神聖視する傾向があり、口を開けばその時代の話ばかりする。
ぼくはそんなことよりも、日頃生活している街の匂いとか、最近クロレッツの味が変わったねとか、初対面の人とはそういう話がしたい。
引き出しにあるTHE自分をバンバン投げつけるような会話を続けられては、その人をすぐに理解できたような気になってしまって、興味を維持できなくなる。
先日ふとした拍子に、妻が「幼少期に話し方教室に通わされていたこと」を話し始めた。
付き合って7年、そんな事実を知らなかった。
「私発語が遅ったらしくてさー」と妻。
「そのせいで両親が揉めちゃって、私の発語のせいで揉めてるなって、幼児ながらに思っていたのを覚えている」と妻。
話はそれっきりで、ますます妻に対する関心が強くなった。
昔好きだった人も、話し方教室に通っていたことを思い出した。
理解して欲しいからといって、生い立ちをべらべらと話すのはきっと間違ってて、ふとしたきっかけに自分が漏れ出るような、そんな新古今和歌集のような自分語りも悪くないと思う。写意写生以上の香気ある象徴の世界にこそ、実があるのだ。
ぼくは彼女らの奥ゆかしい口下手が好きだった。
いや、そもそも明確に言語化できる経歴や生い立ちなんて自意識が介在した虚構で、このGカップの実(おっぱい)体験のみが本物なんだ、とベットの上で思った。