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文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

モテの新古今

エッセイ

今日もまた かくやいぶきの さしも草
さらばわれのみ もえやわたらん
新古今集・恋・和泉式部・1012)

 この歌のおおよその意味は、

今日もまた、あなたは、そんなことを言うのですね。 それなら私だけが、熱い恋の炎を燃やし続けることになるのでしょうか

と言うことらしいが、この歌にとって重要なのはその意味ではなく、込められた技法だ。まず「いぶき」の「いふ」の部分には「かくや言ふ」と「いぶき山」の意味を二重に含ませた 「掛詞(かけことば)」であり、「いぶきのさしも草」全体が、直後に続く「さらば」の「序詞(じょことば)」 となっており・・・・ってダジャレかよ!

 王朝文化の最後の輝きである、新古今和歌集が編纂された時代は、歌の内容よりも、華麗で技巧的な作風が好まれた.そのために、冒頭のような、現代の受験生を困らせかねないような難解な歌が次々と詠まれた.
しかし、それに寄りすぎてしまったためか、短歌は次第に先鋭化し、次第と廃れていく.

 研究者の間でも、素朴で大胆な万葉調の方が、インテリぶって気取った新古今よりも人気は高い.華麗で技巧的だが薄っぺらい恋文よりも、稚拙だが中身のある告白の方がいいと思われる.だれもダジャレの詰まったラブレターより、粗雑でもまごころ伝わるラブレターの方がいいに決まってる。
人についてもしかり、男は外見よりも中身なのである……(゜.゜)?


 「古歌の読解、評論などは象牙の塔に籠っている学者か、文学部の連中、または高校生のやることだ!我々エリート法学部生のやることではない!」
などと一人で愚痴りながら、崩壊しかけた六畳半の部屋の中、文学の講義の課題、新古今和歌集の分解と解説にシコシコと取り組んでいた。そんなとき、岡本女史から電話が来た.


彼女とは音信不通になって5日が過ぎたころであり、内心あきらめかけていた。それはどこかのサイトで知り合った人たちとの焼き肉オフ会の帰りらしく、とても酔っぱらっていた。しかし、それでもしっかりと自分の前回のメールに対する酷評をつけることは忘れてはいなかった.

「あれって、二葉亭四迷の言葉でしょう?何自分に酔ってるの?きっも~いwwwww」

彼女は生きていた、それだけで、ぼくは安堵した。


 後日、連絡が取れない間何があったのかそれとなく聞いてみると、「ホルモン治療の影響で、食欲・やる気がなくなり、3日間ベットの上で無気力なままぼーっとしていた」とのこと。

ホルモン治療!?Σ (゚Д゚;) どこか体でも悪いの?

と、やはり社交辞令としては聞かなければならなかったので、聞いてみると

「男性に近づきたいから、男性ホルモンを取ってる」

って、おいΣ(´д`*)

 確かに、「かわいい女の子が好き」、や「私バイセクだから」などのイタイ発言はあったけど、そこまで本格的だとは・・・・・
って言うか、もったいなさすぎ!!(北乃きい似の美少女なのに……)

メールをしていて全く飽きがこない子である.ここまで来ると、童貞のぼくが扱える範囲内かどうかなんて域を超えて、非常に愉快なものとなる.いや、ほんとに。

そんな彼女から、先日一通のメールが来た.


件名:果し状
日曜日に上京を予定する.
よって、正午ごろ新宿駅で落ち合おう.


って、おい!Σ (゚Д゚;)
いきなりの申し出、しかも短文.
常識人には決してなせる業ではない、彼女の行いに少々困惑しながらも、果し状を断ったら男の名折れ、

つ 手袋

と、こちらも短文で承諾の意を伝えた.
決闘の申し出は成立した.

 しかし、後々になって冷静に、状況のみを抽出して客観的に考えてみたら、「若い男女が、日曜日のお昼どき新宿駅で待ち合わせ」これって、もしやΣ(゚Д゚;≡;゚д゚)例の、でー、でー・・・・・そんなわけないか┐(´ー`)┌

ここで、一つの問題に気づく.

装備品がない!!

 初期マップ内に住むぼくにとっては、布の服とユニクロジーンズが基本装備であり、決闘向けの一張羅など、所持していない.こんな装備では、決闘どころか現代の魔宮‘新宿駅`で、モンスター達の視線にやられるのが関の山である.
ということで、軍資金5万を下し今日は次の日曜の視察ついでに都心で買い物。本当に、服を買いに行くための服がないという状況だったが、心を削って新宿へ向かった。不慣れな都心の中、おのぼりさん感丸出しの田舎者然とした挙動で、結構多くのお店を回るつもりだったが・・・・

 ‘女の子は男の財布と靴、腕時計を見る!`という、Yahoo!ニュースのヘッドラインが頭の片隅に残っていたためか、お目当てはいつしかお財布へ・・・・・・

そして買ったのがこの財布。

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4万円強!!ヽ(´π丶)丿少しぐらい小市民的な自慢をしても、罰は当たらないはずだ.厚みも、重みも無くなった中学生の時から使っていた古い財布に、新宿駅でお別れを告げ、その価値以上の金銭が入るとはないであろう財布を片手で握ったまま、京王線に乗って自宅へ帰った。手持ちはもうわずか。予算配分のミスと言うやつだろう。


結局服を揃えることはできず、今は一人、自宅で見慣れないファッションのサイトを見つめる.外見を着飾る服飾や貴金属などは、ゲスな資本主義のステルスマーケティングにすぎない。なんて、頭の片隅に鎮座しておられるマルクス先生がおっしゃる言葉を聞きながら.

 しかし、「取り繕られた外見より、中身が肝心だ」という言葉が、きれいごとにすぎないこのご時世、講義で聞くところによれば、万葉調の素朴で本質をついた恋文よりも、新古今調の技巧に富んだ華麗な恋文の方が、当時の女性には受けたらしい.

外見の中身に対する優位には、古いも今もない.取り繕えるものなら、取り繕わない手はない.
こうやって、毎回の彼女の突拍子もない毎回のメールの内容に翻弄される自分にとっては、冒頭の歌は意外とふさわしいものなのかもしれない。

ここで、一首……

なんてことは無い.