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文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

いろいろな案

日記

この夏は小説の執筆に捧げよう、と決意したもの、はていったいどんな話を書こうか、ということになると皆目見当がつかなかった。

 いまは特にこれといって書きたいテーマや物語があるわけでもない。執筆する上での参考になるのではないか、と思いぼくは昔のメモ帳を見返した。

ぼくには思いついたことや、大切なこと、忘れてはいけないことをメモ帳に書き込む癖があり、書きたい小説の構想なんかもメモ帳に書いていた。

 見返してみると、確かにそこにはたくさんの物語の構想やプロット、テーマなどが書いてあった。しかし、どれも『この夏を生贄に捧げても書き上げたい!』と思えるような話ではなかった。



『桐人町の怪奇事件簿』

 ぼくがまだ小さいころ、親代わりにぼくの面倒を見てくれていた幼馴染のお姉ちゃんがいた。生意気で、少しいじわるなところもあったけど、面倒見がいいお姉ちゃんのことがぼくは好きだった。
 ある日、お姉ちゃんと近所の境内でかくれんぼしてる最中、お姉ちゃんは”神隠しにあいそのまま行方不明になってしまった。そのお姉ちゃんが10年後の”今”に、当時の姿のまま現れる。成長し高校生となったぼくは、歳下のくせに相変わらず歳上ぶる彼女と協力しながら、彼女の還御を契機に桐人町で頻発するようになった怪奇事件の解決に乗り出すことになる……。


どこかで見たことのある物語の断片の繋ぎ合わせ、フランケンシュタインのような話である。それでも、なかなか悪くないようにも思えるが、ジャンルはいわゆる"学園”怪奇モノ
中高時代の思い出に多少なりともトラウマを抱えるぼくにとっては、あまり触れたくないジャンルなので、これはパスすることにした。



学園モノは書けない、とするとたいていのラノベっぽいものはダメなことになる。つまり、目指すべきは文学なのだ。


『紫の物語』

 ナイスミドルなエリートサラリーマンが物語の主人公だ。彼は容姿、年収、学歴ともに申し分ないのだが、過去にあったある事件がトラウマで、根深い女性不信を抱えている。彼の人生はみなが羨むほど順風満帆なものだったが、彼自身にとっては非常につまらないものであった。

 そんな彼を支えていたのが、理想の女性をイチから作り上げるために少女を誘拐し教育するという犯罪計画の準備だった。エリートサラリーマンという地位も、社内外での”いい人”としての顔も、現在付き合っているモデルの彼女の存在も、すべてはその完全犯罪のための道具にすぎなかった。そしてある日、それは実行に移されるのだが……。




これは、源氏物語の『紫の上』の話をベースに、ドストエフスキーの『罪と罰』の推理描写を入れたハートフルクライムノベルだ。
誘拐される少女が、聖少女のソーニャ役と、主人公を追い詰めていくペトローヴィチ役を兼務することで、ロリコン男の妄想小説から一転、ナブコフのロリータに匹敵するような文学作品へと昇華するのである。


 しかし、これにもひとつ問題がある。主人公に怯え、教え、時に励まし、それでいて天使のように可愛い、その誘拐の被害者となる少女の書き方である。思春期の、幼女でも女でもない多感で、繊細で、いくつもの面をもつ複雑な"少女"を書くこと、これがけっこう難しい。
生活圏に女性がいないため、否、思春期に女の子と心の交流をしたことがないため、ぼくはどうも女性の描写というのが苦手だ。

かつて一度だけ短編で恋愛モノを書いたことがあるのだが、星新一作品みたいで無機質』とバッサリ切られたことがある。過去のブログ記事を読めば、どれだけ下手なのかが如実にわかると思う。そういうわけで、女にスポットライトが当たるもの、とりわけ男女の恋愛ものは苦手なので、パスすることにした。


こうしてあれもダメ、これもダメ、と消去法で選択肢を潰していくうちメモ帳には、ホモのカーボーイ東海岸から来た資本家と戦う、というへんてこなものしか残らなくなった。これなら書けそう……でも書きたくはない。


 そうこうしているうちに、夏休みも残す所あと半分となってしまった。来年の4月まではまだまだ時間があるとはいえ、ひとつの小説を書くとなってはあり過ぎるとも言えない時間だ。

『とにかく手を動かし書いてみること。鈍らせないためにも。冷笑家に陥らないためにも。』


文芸部の頃、ひとの作品の批評しかしなかったぼくは、よくこう注意されていた。とにかく、何でもいいから書かなきゃなぁ……何でもいいから。


 そこで、ぼくはひとまず自分自身の暗黒青春期をまとめてみようと思っている。来年には社会人になるわけだし、これを通じてクソッタレた青春とも決別しようという魂胆だ。

こんなゴミ捨て場にダイヤの原石など埋まっているわけもない、とは知りつつも、少しワクワクしながらキーボードを叩いているぼくがいる。気分はまるで兼好法師。学生最後の夏も、こうして殺されていくのだった。