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文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

ぼくは友だちも少ない

 最近、友だちのことを考える機会が多くなった。
自分らしくないな、と思う。
ぼくには仲の良い友だちが少ない。
狭く深く付き合う性格だから、「席が近いだけで友人になれる!」という友だちづくりのイージーモードな貴重な時期を、少数人にしか投資してこなかった。もったいないことしたな、と最近になって後悔している。

 それでも5年前までには、親友と呼べる男の友だちが6~7人はいた。現在、連絡が取れるのは、また、取りたいと思うのがそのなかに1人か2人、いるかいないかだ。それでも寂しいと思ったことは今までなかった。

 なのに最近、友だちのことをよく思う。
あるいは友だちって何だろう、とふと考えたりする。
20代も中頃になると、中学や、高校で机を並べていた連中が、ひとり、またひとりと鬼籍に入った、という風のうわさをよく耳にするようになる。
結婚や出産のニュースに混じって、かつての同級生の死が知らされる。死んでから何ヶ月か経って、酒の席で知らされることもある。
ぼくの旧友は少数精鋭のようで、分母が少ないながらもう2人ほど亡くなっている。2人目の死は、たしか母から聞かされた。


 高校のときの知り合いに一人マメな男がいて、同級生が亡くなると葬式の日時その他をすぐにメールで友人たちに教えてくれる。
その2人目の彼が亡くなったときは、ぼくに電話までかけてくれた。

「おまえ、アイツとけっこう仲良かったよな。アイツ、受験に失敗した後、地元に残るのが嫌で福岡の予備校寮に入ってたらしいんだけどさ、そこでもけっこう苦労したらしくて。去年から帰ってきていたらしいんだけど、メンタルがやられていたらしくてね。オマエのところにもアイツから電話来てただろ?

春休みは沖縄帰ってくるんだったら、線香ぐらいあげに来いよ。」

高校時代は、亡くなった彼とぼくと趣味が合ったということもあって、たまに下校を一緒にする仲だった。しかし、卒業してからは一度も会ったことがない。確か一度だけ、電話がかかって来たことがあったけど、そのときはなんだか答えるのが億劫で、適当に切り上げたような気がする。
それ以来かかってこなかった。
その程度の付き合いだった、ということだろう。
「う~ん、今年も帰れなさそうだから、ちょっとな…」
と言葉を濁して辞退した。
死因は詳しくわからない、と彼は言っていた。
亡くなった日付はちょうどセンター試験の翌日だった。

夭折の原因については誰もが口にしないながらも、誰もが同じようなことを考えていた。

マメな性格のその男は、いまは地元医大の5年生で、同窓会などが開かれる際は、必ずと言っていいほど彼が幹事役を務めている。
高校時代はぼく以上に地味なやつだったのにも関わらず、医大生、という身分はやはり凄いものだ。自信に満ちた態度が嫌い、と言う同級生も多いけど未だにぼくに連絡を入れてくれる、という一点だけで、嫌いにはなれないやつだ。

 後日、葬式には誰と誰が来ていた、という話を彼が教えてくれた。
誰々は当時そこまで親しくしなかったはずなのに、涙まで流して悲しんでいた。

誰々は両親と積極的に話し、自殺説の確固たる証拠を得ようとしていた。
誰々と誰々は葬式後、喪服のままでボーリングに行った。
非難するようなニュアンスはいささかも匂わせず、淡々と葬式の様子を伝えてくれた。そんな彼から話を聞いていると「ぼくは薄情なんだろうな」と思った。

 友だちも少ししかいないし、ほんの一握りのその友だちもどんどん失っていく。そして、そのことを寂しいともあまり感じない。
そこにまで思いが至ったとき、はじめて寂しさが、ほんのちょっぴりだけ湧いた。