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文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

鬱々しているから現状を分析する

日記

  ある同期の友人は東京から東回りで、日本一周の旅に出た。いまは山口あたりだろうか。昨夜、原爆ドームの夕日を撮って送ってきてくれた。綺麗だった。

またある同期の友人は四股にチャレンジしている最中だ。昼は後輩、バイトの同期、ナンパで釣った社会人と取っ替え引っ替えで女遊びをし、夜は2年来の彼女の住む世田谷区の高層住宅でヒモ生活をしているというのだから、その器用さには驚きだ。

彼らはみな口をそろえ、ぼくにこういう。 
「来年から40年間は働き続けることになる。シャバの空気を吸えるのはいまが最後だぞ。遊べ、遊べ。」と。 
ぼくの父も似たようなことをぼくに言ってくれた。流石にこれほど不道徳的なことは言わなかったが。 

 たしかに、来年からは社会人。まとまった連休なんて年10日も取れやしない。そう考えると、少し気が重くなる。いまは無理をしてでも遊ぶ必要がある。が、しかし、最近どうもそんな気分にはなれない。というか外にすら出たくない。そういうわけで、あまり外に出れていない。 

 その代わり、といってもいつものことだが、最近は部屋にこもって本ばかり読んでいる。この頃は、大学図書館で『敗北の文学』を借り読んで以来、芥川龍之介の全集をよく読む。この『敗北の文学』というのは、今から90年ほど前に書かれた芥川文学の書評なのだが、その著者が面白い。

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━━宮本顕治。激動の昭和史に真っ赤に輝く魁傑。戦後の40年間も日本共産党の書記長を務めた巨人である。政治史が好きなぼくは、彼のことを以前から知ってはいたが、中ソに楯突き独立自尊の道を取るリーダーシップや、なにより「人殺し」とまで言われたほどのその冷酷な一面から、芥川龍之介のいわゆる『文学的な、あまりにも文学的な』弱さとはかけ離れている感じがしていた。

そのギャップから思わずこの本を、敗北の文学をぼくは手に取った。
  

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(最終貸出年が今から14年前というのも面白い。)

 しかしその内容はというと、あまり面白いものではなかった。ぼくの予想通り、著者(執筆時は東京帝国大学で文学青年をしていた)は芥川の自殺に際しても別段感じるところはなかったようで、「透徹した理知の世界に住む文人の予定された死」としか扱っていない。この死に生涯魅せられた太宰治川端康成、内田百閒などの文人たちとはえらい違いである。いや、むしろその死すらも階級闘争史観に転化させ、アジ文の道具として利用してたりする。さすがは日本のスターリン(鉄の男)といったところだ。

 ただ、その文章の中でひとつだけ気になる考察があった。いまではもう定説化していることらしいのだが、芥川龍之介の作風が初期と晩年とでは大きく違っている、という指摘だ。

初期は物語性、テーマ性を重視した作品が多い。「羅生門」「鼻」「芋粥」などの、いまでもよく教科書などで見る名作がこれにあたる。しかし、年をとるに連れその作風は変わっていく。生活と芸術は切り離すべきだ、という考えの芸術至上主義を経て、自分のこれまでの人生を見つめなおすような、私小説的な作品が多く書かれるようになる。宮本顕治は言う。

晩年は自殺を考えている節がある。それは氏の現状を知らずとも、作風の変遷からして明らかである。「或阿呆の一生」に至っては、必死の記録である。病苦と塵労に疲れ果てながらも最後に自己をえぐりだし、刃向かって来る運命に叩きつけようとした記録である。”


 芥川の初期の作品しか読んだことなかったぼくは、さっそく芥川全集を借りて読んだ。晩年の短編作品をたくさん読んだ。

「河童」や「或阿呆の大導寺信輔の半生」のように、登場人物に自分の過去や今を投影させる、そんな文学的な必死な抵抗の跡も見ると、がんばれ、と応援したくなった。しかし、”ぼく”や”私”が出てくる小説━━とも言えないエッセイ━━を読むとなんだか、とてもかなしくなってきた。なにより、それに惹かれている自分に、すこし危うさを感じた。

 

後に太宰を死に至らしめ、世の思春期の少年少女の多くをセンチな気持ちにさせた、”ぼく””わたし”文体。堂々巡りの内省ばかりの心境小説。なんとも不健康で、ジュクジュク膿んだやつ。

「こんなの書いてりゃそりゃ末期だって言われるわw」

と、一笑して思い返すことには、

「あ、ぼくも最近そんな感じだ…」

 最近は鬱、鬱、鬱。原因はだいたいわかってる。なにも「ぼんやりとした不安」なんていう文学的なものでもなければ、自我と社会的なジレンマによる「プチブルインテリゲンチャ型の苦悩」なんていうマルクス主義的宿命からでもない。

恥ずかしながら、ぼくはもっと即物的な理由なのだ。人間関係の悪化、これがおそらく鬱の原因だ。


 あまり社交的とは言えないぼくも、4年間の大学生活でいくつかのグループに所属し、そこを中心として人間関係を築いてきた。 大きく━━といってもこれだけしかないのだが━━3つに分けると、バイト、サークル、ゼミとなる。このごろは、その3つのグループ全てから攻撃を受けていて、いまぼくは結構参っている。

その全部に思い当たるフシがあることなので、身から出た錆だから仕方ないことと言えるが、すべての所属グループから攻撃されるのはやはり辛いことだ。

持ち前の被害妄想と相まって、その攻撃はグサグサ刺さる。攻撃されている経緯はそれぞれ異なるのだが、大別すれば、ひとえに、「ぼくがダメ人間だから」ということになる。 


ぼくは元来の人見知りだった。人と仲良くなるのがあまり得意ではなく、人がたくさんいる場所に顔を出すのも億劫な性格だ。父は幼少期のぼくに、『お前は研究者に向いている』とよく言ってくれたものだった。そのくせ寂しがり屋で悲観論者だから、無理をしてでも人と交わり、嫌われないようにと努めてしまう。 

 ぼくは元来の嘘つきだった。会話を合わせるため、盛るために意味もない嘘をつくのは日常茶飯事で、明らかに自分に否がある間違いを犯したときには、即興的に言い訳を取り繕っては否を認めなかった。父は幼少期のぼくに、『お前は弁護士に向いている』とよく言ってくれたものだった。そのくせ嘘の完成度が低くすぐに嘘だとバレるものだから、人は次第にぼくのことを信用しなくなった。 

 ぼくは元来の自己中だった。4人兄弟という大所帯のなかで一番からだが大きかった、ということあってか、食い意地が人一倍あった。次男坊という立場も忘れて、弟や妹のお菓子にさえ手を付けたこともあった。そのくせ自分のお小遣いとなると、滅多に食べ物(消え物)に使うことはなく、周りに還元することなくせっせこせっせこ貯めては、ん?何に使ってたんだろうか。忘れてしまった。取り敢えず、父は幼少期のぼくに、『お前は銀行員に向いている』とよく言ってくれたものだった。 

 この3つのダメなところが複合的に合わさって、今回の攻撃となったわけだ。もともと、どの3つのグループにも、『公務員試験の勉強があるから』という理由で去年の12月ごろからあまり顔を出さなくなっていた。 その間も各グループは精力的に活動していた。(サークルなら練習会や大会参加、ゼミなら後輩指導に合宿、バイトは残業や休日出勤など)

なかには、やめればいいものの、就活生にも関わらず献身的に活動に参加する人もいた。それもけっこうな数だ。ぼくは、そんな彼らを横目で見ながら、時に適当な嘘で誘いを断り、時に断り切れず、さりとて行く気にもなれなかったので当日キャンセルなど非常識なことをしてしまい、時にやっぱりさみしくてちょっとだけ顔を出したりしていた。(続くかも)