走れ小田急

そろそろ次の場所に移らなければならない。

 

―できるだけ頻繁に移動してください。

 

ひどく疲れていた時期、どうしようもなくなってた時期、先生はぼくにそう言った。けどこの街は住みやすい。この先行きたい場所も、見たい風景もまったく思いつかない。

 

 

 

 午前7時半、小田急線は経堂を出て西へ西へで町田に着いた。頭のいい大学はすべて都心にあるもの。車両中の若者をバカにしていた。湘南台。あそこには母校SFCがあるから例外。車窓からはたくさんの一軒家が見えた。電車の騒音気にならないのかな。

 

 似合わなくても夏が来て、電車内は臭くなってきた。外は炎天下の神奈川。無理もない。すたほで地図を見る。石狩、富良野屈斜路湖。北海道旅行の計画だ。

 

毎日何かを考えているようで、何も考えてはいない。ただあんなバカどもといっしょにされるのは嫌だ。自然とポーズだけが上手くなる。本当はみんな気づいている。ぼくも無だってことに。大衆だ。自分もこの車両に充満する臭いの一部。だれの臭いでもないぼくらの臭いだ。自分だけが特別だと思うなよ。目の前に座った女子大生、おそらくSFC生。通った鼻筋。鞄から手帳を取り出すしぐさ。経験則からそれがわかる。キミだってバカなんだよ。客観的に事実。みんなそう思ってる。キミも臭い。

 

 

実家から歩いて2時間くらいの場所にでかいイオンがあった。ゲームキューブを買ったのもそこだ。たしか運動会の翌日で、妹といっしょに歩いてイオンに行った。本体はぼくのお金、どうぶつの森は妹のお金で買う約束。ぼく一人で歩いたら2時間くらいの道のりも、小さな妹と歩いたら4時間もかかった。途中、持ってきた水筒のお茶がなくなる。ぼくらはファンタグレープを買った。美味しいね。妹が言った。もちろん。自分のお金で買うジュースは美味しいものだから。季節は巡って冬になる。沖縄の冬もそこそこ寒い。でかいイオンに着いた頃にはもうお昼過ぎだった。帰りはバスにしたかったけど、ゲームを買ってお金がなかったぼくらはまた来た道を歩いて帰った。携帯も持ってない。帰宅は8時、父にとっても怒られた。その日ゲームはお預け。

 

GWが終わった頃からぼくは倦怠感を理由に学校をサボり始めた。妹は吹奏楽部に入り忙しそう。あまりゲームをしなくなった。雑草の引き抜き、住民の引き止め、部屋のゴキブリ退治、いつ妹がまにの村に戻ってきてもいいように、ぼくは毎日熱心にゲームキューブを起動させた。B29爆撃機がきっと青いであろう空を飛んでいる。室内からでも音でわかる。あれはベトナムでたくさんの民間人を殺すんだ。だれに見せるでもない洋服をデザインした。看板を立てた。シーラカンス釣りの腕ならこの街一番だとぼくは思ってた。今日は花をたくさん植えなきゃ。今日こそ行商から桃を買おう。これがアイスクライマーかー。

 

 

 

電車は東海大前に着いた。女子大生っぽい女はまだぼくの前に座っている。何だこいつ塾生じゃなかったんだ。臭くて本当にバカな女爆誕。その間も雨はずーっと、冷ややかにグリーンの小田急車両を濡らしていた。