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文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

ご挨拶

「ねえ、これから葬式行かない?」

「なんだそれ?」

唐突な提案に驚いた。また、いつもの人を誂う言葉遊びかと思った。

「いいの?じゃ、いこっか」

目黒通りの人混みの中を、ずんずんきみは進んでく。
ほんとなのかよそれ。
待ち合わせ場所に現れたきみを見たときに感じた違和感がここで解消された。
 
「もう始まってるから早く」 

真っ黒な服装をしたきみが遠くでぼくに手招きをした。

「だれの葬式なの?」

「知り合いの」

「ぼくも知ってる人?」

「知らないと思う」

「じゃあぼくは外で待ってるよ」

「いや、来てほしい」

「でもぼくは黒服じゃないし」
ポロシャツの上にテカテカの紺のテラードスーツだ。
「急だからいいの」

「失礼だよそれは」

「来ないよりは来たほうが喜ばれるからいいの」

「だれに?」

「亡くなった知り合いに」

「ほんとにぼくも?」

「来てほしい」

そう言われてもそのままの格好で行くのは憚られたので、近くに住んでいる友人にお願いしてスーツを貸して貰った。

葬儀場は目の前。

「ほんとにぼくも出たほうがいいの?」

「来てよ」

「そういえばお金いま3000円しかなくて」

「そんなの1000円でもいいから」

変わったことを言う人だった。その日も、いつもの遊びの延長だと思ってた。知らない人の葬式にさも生前親しくしてたように振る舞って出る。悪趣味な遊び。

ふと、ある小話が頭に浮かんだ。


「そういえばさ、こんなユダヤジョーク知ってる?」

 

「どんな?」

「ある人の葬式に、生前その人と親しくしていたケチなユダヤ人が訪れたんだって。彼は故人に多額の借金をしてたんだ。その地域の葬式の風習では、故人が横たわる棺桶に参拝者が生前お世話になった分だけお金を入れるってのがあってね。遺体といっしょにお金を火葬することで、お金もあの世に送るって考えらしいんだ。そのケチなユダヤ人も、きっと生前故人にお世話になった分、借金+αのお金を入れるんじゃないかって、棺桶の前に立ち別れを告げる彼の振る舞いを、周囲の人達は彼の姿を興味津々に見てたらしの。そしたらね」

「そしたら?」

「『これは生前きみに借りてたお金、そしてお世話になった分の礼金だ』そいうって彼はとてつもない額が書かれた小切手を棺桶に入れたらしいんだ。そして一言『ここに入っている全てのお金はお釣りとして頂いていく』」

「ふふふ、面白い話ね」

そんな小話をきみと話したのはいまでも鮮明に覚えている。でも、そのとききみがいったいどんな顔をしていたのかはまったく覚えていないんだ。

葬儀場に着き、今日の主役の名前を初めて知った。聞いたことない名前だ。
記帳を済ませ、ご焼香を上げ故人を見た。知らない顔の男だった。それに50~60くらいに見えた。けっこう年を取ってる。きみの知り合いというからてっきり同世代だと思っていた。

「どう?面白かった?知らない人の葬式は?」

葬儀場からの帰り道、 きみはぼくにそう聞いた。

「変な気分だよね。周りのみんなは悲しんだり、故人との思い出を語ったりしてるなか、なんにもつながりがなくぽつんって立ってるだけってのは」

「今日は来てくれてありがとうね」

「 ほんとにきみの知り合いだったの?」

「さあね」

このとききみが笑ってたのか真顔だったのか、やっぱり思い出せないんだ。この日の思い出の中のきみは、印象派の絵画のようにぼんやりとしている。 

つい最近、あの葬式がきみのお父さんの葬式だったということを風の噂で知った。母子家庭とは知っていたけど、きみはお父さんのことを話すのを避けているようだったから、きみとお父さんとのことは全くわからなかった。いや、面倒くさいことに足を突っ込みたくなかっただけかもしれない。

変な遊びと偽って、きみはぼくをお父さんの最後に会わせた。どういう思いがあったのかは分からない。だけど、そのことを知ってあの時の変な遊びの思い出が色を持ち始めた。とてもエモい気分になったんだ。