文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

夜歩く

昨夜、彼女が家出した。

理由は
「120グラムで作るべき冷凍おにぎりを、ぼくが130グラムで作ってしまったから」

目前に控えた結婚式に対する消極的なぼくの姿勢に、日頃フラストレーションが溜まってたらしく、「たった10グラムの誤差ぐらいいいじゃんケチんぼ」という開き直ったぼくの態度が引き金になってしまったらしい。

「120グラムで200キロカロリーなの!だれの結婚式のためにダイエットしていると思ってるの?!」

夕飯の片付けを終え、カタカタとブログを書いていてもなかなか彼女は台所から戻ってこない。
「居間で寝ているのかな?」
20分たっても戻って来ない。
「謝るべきだったかなあ」
台所に行っても居間に行っても、彼女はいない。家を出たらしい。携帯に電話しても出ない。
財布と携帯を持ってぼくも家を出た。

近くのコンビニのイートインに寄ってみる。日頃、帰宅前のぼくがよくお酒をひとり飲むところだ。
そこに彼女はいなかった。

最寄りのスーパーに寄ってみる。ぼくに怒る前に「サランラップがもうない」という話をしていた。それを買いに出てるだけかもしれない。
そこにも彼女はいなかった。

駅に行ってみる、もしかしたら電車に乗って都心に出たのかもしれない。むかし、今みたいな感じで彼女が出ていったとき、彼女は池袋の男の家に身を寄せていた。
「女は舐められたら終わり。あなた以外の選択肢も常にある。」
最もな言葉だと思う。結婚してからというもの、以前よりも彼女のことを疎かにしていた、と後悔した。
駅にも彼女はいなかった。電車に乗っていたとしたら、当てずっぽうで追いかけたって捕まえることはできない。

駅の周りをとぼとぼと歩いてたら、向こう側にたくさんの浴衣を着た人たちを見た。そういえば今日は、地域の盆踊り祭りの日だったな。
お囃子は聞こえてこない。もう祭りは終わったらしい。人波に逆らうよう神社に向かった。

店じまいセールを行う焼きそば屋台の前に、彼女はいた。
「お祭り一緒に行こうって行ったのに、行けなかったね。」
「ごめん、わるかった。」

浴衣にメイクに最大限に背伸びをした夏の少女たちのなか、ひとり浮いている、泣きそうなのか、怒っているのか、分からない顔をしたすっぴんジャージ姿の彼女に、ぼくはとぼとぼ謝った。ねだられるまま焼きそばを買い、酎ハイを買った。

「なんか川が見たくなってきた。川見に行かない?」
ぼくの提案に彼女はべつにいいよと言い、そのまま家を素通りし川に向かった。

謝ってばかりでは間が持たない。
「何か話せ」
と言われたので何か話をすることにした。何がいいかな。妹が猫を貰ってきたときの話にしよう。
本当はむかし付き合っていた女性との話を、妹との話として彼女に話した。
「エモいね」
と言ってくれた。

長い坂を登り、線路をいくつも渡り、牛ふん臭い畑を横切り、川についた。生活排水が流れる、あまりきれいとは言えない一級河川だ。近くに果樹園がある。

ネットを貼っているだろ?蛍光灯がそこら中にあるだろ?だからあれは果樹園なんだよ。桃とか…じゃないかな。ほら、コウモリ。やっぱり果樹園だ。
コウモリと言えばさ、日本にいるのはその殆どが吸血コウモリと呼ばれる肉食系のコウモリではないから安全なんだけど、中には本当に人を噛むやつがいてね。そいつらは狂犬病を持ってたりするから質がわるくてね。虫除け…?そんなのじゃ効かないよ〜。虫除けスプレーは熊除けに効果あり、なんて話聞かないだろ。それと一緒だよ。

コウモリが飛び回る果樹園を早歩きで抜けたあと、彼女が、
「コウモリと言えばさ…」
と話はじめた。

コウモリと言えばさ、むかし、まだママとパパが一緒に暮らしていた頃、たびたびママが私と妹を連れて実家に逃げ帰ることがあったの。そのたびに、ママの両親から電話を受けたパパが実家に謝りに来てさ。
ある日もそんなことがあってね、パパが実家に謝りに来たの。そしたらママ私たちの手を引いて今度は実家を飛び出しちゃって、パパ私たちを探して田舎中走り回ってさ。見つけたとき何度も何度も謝ってた。
そのとき、ちょうど今みたいにコウモリが飛んできて、パパさっきまでの反省は何だったの?ってくらいギャーギャー騒いでさ。面白かったなー。妹の絵日記には「コウモリに襲われるパパ」が描かれてて、少し泣いちゃった。そこ切り取るか、って。
頭がいい子だから、ぜんぶ分かってたんだと思う。「この子もこの子で無邪気を演じてるんだなー」って。

うんうん、と頷きながらぼくは彼女の話を聞いた。両親はもっとむかし、彼女が幼少の頃に離婚していたはずだし、彼女は一人っ子のはずだ。妹を堕ろしたこと、それが両親の離婚原因だったと、いつか彼女に聞いた。