夜の海

結婚式の披露宴終了後、ホテル併設のサロンで着替えをし、滞在している部屋に戻ろうとした。が鍵がない。
鍵は嫁が持っている。嫁は中高大の友達を集めて、ホテルのバーで二次会をしていた。友達同士は面識がないのに、それぞれのグループ同士で仲良く交流できるのはすごいな、と思った。
女の子ってすごい。嫁の中学校の友人と大学の友人が楽しそうに話していた。

嫁に「部屋に戻りたいから鍵貸して」とLINEを送ると「取りに来い」と返信が来た。ホテルのバーを再び見てみる。パリピみたいな女の子の集団。怖い。イジられる。行けるわけない。

嫁の結婚式の二次会が終わるまで待とう、と、彼女たちの視線に入らない場所でうろうろする。待っても待っても円もたけなわにはならないので、海の方を歩いた。結婚式を挙げたホテルはプライベートビーチを有するオーシャンビューを売りにしており、ホテルから一歩出ると、そこは砂浜だった。頭上には空を埋め尽くすほどのたくさんの星が輝く。ビーチの端、マリンレジャー用のボートやバイクが止まっているところを歩いていたら、式に出ていた中学の友人に会った。

「まだいたんだ?」

「車で来たからお酒が抜けるまでな」

ふたりで海岸線を歩いた。ぼく側の友人の列席者は全部で5人。東京から来てもらった大学の友人3人と、小中高時代から仲良かった沖縄の友人2人だ。

「今日は悪かったな。来てくれてありがとう」

「いいよ。おれも嬉しい」

歩き続けて歩き続けてビーチの端まで着いた。岩肌が出ている坂道を登る。小高い崖ののような場所に着く。目下には黒い海。2時間もののサスペンスドラマで出そうな場所だ。
友人が言う。

「海って怖いよな。おれ、この年になって夜のトイレや帰り道の暗がりなんて、まったく怖くなくなったけど、夜の海だけはまだダメだ」

「わかる。波の音聞きながら黒黒とした海を見てると呼ばれてる気がするよな」

「それな」

ぼくら4人は、小学校からずっと一緒だった。陰キャ中の陰キャグループだ。中高とみな学校は違えど、それぞれの学校で新しい友達なんてできるわけなくて、休日になれば彼の家に集まった。4人という人数、任天堂64をするにはピッタリだった。マリオカートスマッシュブラザーズゴールデンアイ、この3つを集まればずっとやり続けた。浪人時代もずっと。勉強もせず64ばかりしているものだから、まあ地頭も足りなかったと思うけど第一志望には二浪してもだめだった。

なんとか引っかかった大学を頼りに20の春上京し、それから長く沖縄に帰らなかった。そうしている間に27になり、婚約者ができ、入籍の許しを得るため彼女を連れて沖縄に帰ったのが去年の夏。ちょうど帰るその日、友人の一人、照屋くんが死んだ。ぼくらは3人になった。集まってももうスマブラはできない。

「ここから下見てみろよ。これだけ黒くても白波って見えるもんだぜ」

覗いて見てみる。崖に打ち付ける波の音が聞こえるだけで、暗くて何も見えない。一瞬、殺されるかも、と思った。けど、友人は後ろから押すような素振りはない。

それから二人はずっと2000年代初頭のホモビデオの話をした。彼と会うのは照屋くんの法事以来だったし、それより前となると5年くらい前だった。照屋くんのこと、結婚のこと、お互いの今のこと、話す話、話さなきゃいけない話はたくさんあったはずだ。けど、彼とはずっとホモビデオの話をしていた。語録以外を話すと、どちらかが押しつぶされそうな気がした。

一年前のあの事故の日、ぼくはちょうど彼女を連れて那覇空港に来ていた。彼女に陰キャな友人たちを紹介するのが怖かった。彼女に幻滅されるのが嫌で、照屋くんたちに沖縄に帰ることを伝えていなかった。

「照屋くんに帰省のことを伝えてたら、彼は死ななかっただろうか」

黒い海を見て、ホモビデオの話をしながら、もしもの過去を考えた。

f:id:pokita:20190407135638j:plain