「つまり、人生とは思い出の積み重ねなんだよ。どれだけ自身が貧しく、孤独でも、死ぬその瞬間に美しい思い出に囲まれていたら、その人は勝ち。あがりなんだ。」
「思い出ねぇ…空虚すぎませんか?そんなの。ぼくにも美しい思い出がないわけではないないですが、ここ最近のこの状況を考えると、どうもこの人生は負けな気がするんですよ。例えば、いま、ぼくが死んだとすると、プラスマイナスでまだ美しい思い出が多い人生ということになりますが、それでも負け犬の死として清算されそうです。」
「美しい思い出が多いならきみは勝ちだ。場合によっては、私とこうして『思い出』について話している今この瞬間も美しい思い出にはなりはしないか?」
「それはないと思います。互いに現実が困窮しているから、机上の空論のような話をするしかない、とても惨めな思い出ですよ。グスタフクリムトの絵のようです」
「グスタフクリムトはきらびやかで良いじゃないか」
「すみません誤りました」
「もっと絵を観たまえ」
「ぼくには点でわからないんですよ、その芸術のよさというのが」
「君は絵を観て泣いたことはないか?音楽を聴いて生まれて後悔したことは?」
「先生ほどではありませんが、日々生を受けたことの後悔と親への悔悟の情で一杯です。」
「私みたいに芸術を嗜むことをおすすめする。私にはそんな下劣な感情はないぞ?」
「先生は持ったほうがいいです。」
「こうして君と楽しく話せているのも、私が生まれていてこそだし、生を後悔する、これは絶対にいけないよ」
「はぁ…」
「絵を観て、女を買って、場合によっては薬もたしなみ給え」