沖縄土地バブル

ふるさとの 山に向かひて 言ふことなし
ふるさとの山は ありがたきかな


石川啄木の短歌だったと思う。


故郷というのは自然ばかりが豊かな寒村で、日々都会の雑踏に揉まれ生きる帰省者の憩いの場所でなくてはならない。




このゴールデンウィーク、地元沖縄に帰省した。


帰省した感想としては、「発展していて驚いた」その一言に尽きる。


例えるならリトル・香港。


ぼくが沖縄にいた頃は見なかったビルや高層マンションがぼこぼこ出来てて、飛行機から見る夜景もずいぶん華やかなものになっていた。


中韓からの観光客の増加を始め、沖縄都市モノレールの延長、増え続ける県内人口、数多の大手外国資本による開発計画……と好景気な話ばかり。


完全なバブル。


不動産屋の父はその渦中の人物。東京から帰省した息子を空港で迎えるその出で立ち、悪趣味なシャツにゴテゴテの新車は、完全に中華成金のそれだった。


所得税を抑えるためもう今年は働きたくない」

「見ろ見ろ、あそこの土地とあそこの土地、みんな先月買ったやつ」

減価償却が追いつかなくてこれ3台目」


ぼくと妻を相手に父の自慢話が車内に響く。



前回の両家顔合わせの際、話題の中心は開業医である妻の父だったのが癪だったのだろうか、これでもか、というくらい父の自慢話が続く。



両家顔合わせ。あれはひどかった。
ぼくの母は看護師だったので、医療業界のことは多少なりとも知っていて、違う階層に所属する両家の唯一共通項は医者の世界の話だった。

妻の父の話に、ぼくの母が目をキラキラさせながら相槌を打つ。

両家顔合わせの時の会話内容、覚えている限りでは以下の感じ。


「むかしな、〜な患者のオペしたんだけど、それに関連したレポートがNatureに載ったことあって」

「へー!すごいですね!うちの大学病院にもNature載った人なんていないですよ!」


「○○大学?そこの附属病院ゆうたら、ぼくの同期の△△が教授やってるところですねん」

「△△先生とお知り合いなんですか?!先月も注意されたばかりで、世界って狭いですね〜」


「いくら賃金上げても看護師辞める一方でな、でもシングルマザーはなかなかのことがない限り辞めへんね」

「わかります。私の職場でも〜」


「今日もこれ終わったらトンボ帰りの予定や。オペ控えとってな」

「人の命を預かるお仕事、大変ですね〜」



両家顔合わせ、話題の中心はこれから結婚をする若いふたりでなければならないのに、会話は終始こんな感じで進んだ。


ぼくと妻は「やれやれ」と呆れてしまっていたが、ぼくの父の心中を察するにだいぶ面白くなかったと思う。
事実、いつも雄弁な父は両家顔合わせの日ばかりは寡黙だった。



前回そんなことがあったせいか、今回の帰省期間中、父はこれでもかというほど仕事での成功をぼくと妻にアピールした。


実家に着くとそこに馴染みの家具家電は少なく、ソファ・絨毯・畳・シャンデリア・テレビ・冷蔵庫・洗濯機・食器洗い機・ルンバに至るまでほぼすべての家具家電は最新の物へと一新されていた。


実家じゃない気がした。


夜、ベランダに出て夜景を眺める。実家の西側にあった丘陵地はきれいに整備され10階以上はあるマンションが建っていた。

那覇新都心の方角を見ると、綺羅びやかな光を放つタワーマンションが目に入る。

「沖縄初の億ションだ。仲間由紀恵島田紳助も買ってるという噂らしい」

聞いてもないのに後ろから父が言う。


リトル・クアラルンプールとも言える夜景。前よりも星が見えなくなってきた気がした。



故郷とは 遠きに有りて 思ふもの


というのは室生犀星の詩だったと思う。



故郷沖縄にいながらにして、早く帰りたい、と思った。