「むかしはメーテルそっくりでとても綺麗だった。年は取ってしまったが、僕はいまでもそう思っている。」
妻の一家と付き合って15年にもなる家庭教師による、妻の母、つまりぼくの義理母評だ。
メーテルというのは言いすぎかもしれないが、若い頃の写真を見ると、なるほど、線が細く可愛いというよりも、儚さ、美しさが際立つ女性だ。
これはさぞモテたに違いない。
「パパは3年間もアタックし続けてようやく付き合えたんだって」
と妻は言う。
「若い頃のママは無敵だったと思う」
残念ながら父親似の、食事中のハムスターみたいな丸顔の妻が言う。
義母は精神的な不調が続いているせいか、年齢以上の疲れの色が最近の彼女の顔には見える。
義母、彼女が青春時代を過ごしたのは日本史に燦爛と輝く金ピカ時代、バブルだ。
華やかなりし80年代の東京で、彼女は時代の寵児、女子大生だった。
妻から聞く義母のモテエピソードはどれも世相を表すポンチ絵みたいな話ばかり。きっと母から幾度も聞かされたのだろう、当事者ではない妻が、まるで目の前で起こっていることかのように、雄弁に鮮やかに語り動かす。
「合コン帰りにフラフラと銀座を歩いていると、通りすがりの男が道端でお札を振って止めたタクシーにママを押し込み、電話番号が書かれた紙とお金を渡して去っていったことがあったらしくてね」
「ママたちの女子大グループの中でゴルフが流行ってたらしく、そのためにみんな車とか買ってもらったりしてたんだって」
「あの時代がママの誇りなんだと思う」
と妻。
「いまもあの時代に囚われているからこそ、現状にうまく適応できていないだと思う」
と妻。
そうなんだろうと思う。
人生の美のピークは20代だとされている。人生100年時代と言われる今、目減りし続ける自分の価値を感じながら過ごす余命80年間はあまりにも長過ぎる。
残酷だ。
「美以外の価値に重きを置かなければダメ」
とハムスター。
「綺麗な人は周りからチヤホヤされるから、すべての幸せは受動的に与えられるものだと勘違いしやすい環境にある。
私のママがそう。
だから年を取るのが恐ろしいし、不幸の原因はチヤホヤしてくれなくなった外部にある、なんて思うの」
美の有無に関わらず、女はもっと主体的に生きなければならない、と彼女は言う。
そうだよ、そうだよな。うんうん。
とぼくは頷く。
若いうちは周りに流されるまま楽に生きていられるけど、若さを失ってくるとだんだんと流してくれる存在すらいなくなる。
突っ立ってても誰も助けてくれない。
今まで若さに任せて受け身で生きてきた人はそうなっては最後、自分で動こうとしてもやり方がわからないし選択肢も狭まっている。
自分で考えて決断して動く力を養うことはすごく大事なのだ。
20代の女性はやっぱり無敵だ。熟女好きのぼくでもそう思う。最初で最後の人生のボーナスステージだと思う。そこからメッキが徐々に剥がれ本当の人生が待っている。
自分の母親の毒親加減をグチる妻を見て思う。彼女もまだ25歳でとても若い。出会った頃はまだ大学生だった。
ー父親が娘の彼氏する嫉妬は、自分が妻の初めての人になれなかったことに起因する
という話をむかし聞いたことがある。ぼくはその逆だ。
こんなぼくと彼女は20代を過ごしてもいいのだろうか
変態だからではない。生き方に自信がないから熟女好きになるのだ。