文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

夢・百物語

珍しく本当の話。昨夜見た夢の話です。

 

高校生のときから数年に一度の頻度で、蝋燭がそこら中に立てられた暗い一室で百物語をする、という夢を見ます。昨夜その続きを見てしまい、気味が悪くて早朝覚醒してしまいました。

 

その夢・百物語のメンバーはぼく、中学の友人×2、よく知らない人の計4人。小中高生のときによく学校行事で泊まった青年の家、みたいな感じの畳の部屋で、車座になりながら4人で順々に怖い話をしてます。

 

ぼくが話す話は実際の持ちネタで、「父が経験したキジムナー(沖縄の妖精)との話」「兄とタイムスリップした話」「祖母が死んだ夜の話」などです。

他の3人が話す話というのが、また意味がわからないもので、覚えているだけでも「ハムスターダンスの話」「液体みたいな床の話」「全裸でトラックを運転して事故った話」など。怖い話かどうかも微妙な話ばかりです。それでも、話し終わると、ぼくもみんなも怖いみたいな感じになり、蝋燭の火を消します。

 

夢を見るたびに百物語は進んでいきます。冒頭にも書きましたが、この夢の頻度は数年に一回で、昨夜見たので5〜6回目になります。

いつもなら「また変な夢見たな」で済む話なんですが、見るたびに進んでいく百物語が中盤に突入したこと、実はこの夢を見るのが今年で2回目なこと(見る頻度が年々短くなってる)、何より参加者のふたり(中学の友人×2)がすでに死んでいること、が不気味すぎて久しぶりにブログ書きました。

 

書生オフの今昔

5年前、2chで開催された書生オフというのに参加したことがあった。

pokita.hatenablog.com

 

当時大好きだった森見登美彦の文体と坪内逍遥の小説『当世書生気質』の影響がまざまざと文面に出てる話。半分本当で半分ウソだ。

文章を作るのが下手なぼくは、書き上げるのに2日かかり、ブログに上げてから以後1年間くらい微修正を続けた。

「こうした方がおもしろい」

「これはくどい表現だ」

「こう言ったことにしよう」

確かに、あの日の浅草に、ぼくは彼らはそこにいた。しかし、その言動はぼくが書いたものとは多少異なっていた、と思う。

食い逃げなんていなかったし、華奢なイケメンなんていなかった。なんなら女子大生もいた。

 

けれど、数年間、リライトを続け同じ話を読み続けたことで、事実よりも創作した思い出のほうがより生き生きと思い描くことができるようになった。事実なんてほとんど忘れてしまった。

先日、その参加者の一人と偶然街で会った。彼は仕事中だったため、交わした言葉は一言二言程度だったが、非常にバツが悪い感じがした。目の前のコイツらに思い出のアイツらは一瞬にして殺された。

「生きてるのはアイツらではなくコイツらの方なんだよな」

 

寺山修司は自作「田園に死す」の中で、「なかったことも思い出である」みたいなことを書いた。過去を、都合よくいい思い出に書き換えるFAKE野郎にぴったりな言葉だ。

冬の小話

東京人「雪(ロマン)はどうですか?」

北陸人「雪(生活)はまあまあですな」

Fin

 

雪についての捉え方がそれぞれ異なりながらも支障なく会話できているこの感じ。東京人はロマンへの関心を、北陸人は地の生活をそれぞれすれ違い伝い合ってる。

今回の逆シャア

逆シャア見てたら、今回はギュネイのクエスに対する言動が気になりました。
「片思いしてる好きな人をあんな荒々しく扱う?」
で終始モヤモヤしてしまい、α大爆発もいつもより楽しめませんでした。