文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

嫉妬の話

妻には浮気癖がある。「これは病気だ」と本人は言うし、ぼくもそうなんだろうな、と最近思えてきた。

むかし、まだ妻が彼女だったとき、その浮気癖を咎めたことがあった。そしたら一言。「私の浮気はお前の浮気とは違ってお金がかからない。なんならタクシー代だって稼げたりする。なんで責めるの?!」

確かにそのとおりだ。ぼくはひねくりまがったオタク。倫理なんて持ち出して浮気の絶対悪を訴えかける柄じゃない。

「おっしゃる通りでございます。」

以来ぼくは彼女の朝帰りにとやかく言わなくなった。それからというもの、妻は事細かに浮気の事後報告をぼくにしてくるようになった。「その人へんな人だね」「いいなーいいもの食べれて」相槌を打つ。

「ぼくの身内とは絶対しないこと」「避妊すること」「過度にお金を使わないこと」、この3つのルールは守ろうねとぼくは言う。

むかし、とらドラ!を見て、かんなぎを見て、NHKにようこそを見て、大好きなヒロインが主人公と結ばれるところを見て、心が苦しくなった。主人公が憎らしく感じた。ネットに上がっているおもしろ画像みたく原作本を破き捨てたい衝動に駆られた。愛とはそんなものだと思っていたけど、実際は違うみたい。きっとあれは本で学んだ人工的な感情なんだと思う。

ただ、この文章を書いていて思い出した。むかし、元カノから元カレの話を聞いたときのあのモヤモヤ、心が流血しているようなあの感覚、これらには今でも触れることができる。仕事最中、ふとした拍子でその時のことを思い出し、「あー!」と叫んでしまったことが最近もあった。もうなんでもないのに。きっと、あのときのあの感情はウソではなかった。

浪人時代 いちねんめ!

郊外の本屋、古本屋を巡ってた。

図書館で勉強してくるとウソをついて。

 

世間が通勤だ通学だで忙しくなる前の、平日の日の出ごろ。自分で作った朝食を食べ自転車に乗って家を出る。自転車でも3時間以上はかかるような距離にある古本屋を目的地としてたので、いくら早く出ても早過ぎることはない。開店時間の10時くらいに到着する計算だ。古本屋を自転車で回り、本を立ち読みしたり、もらった昼代で掘り出し物を買ったりする。

浪人時代の2年間、ぼくはこのルーティンを月・水・金の3日間、毎週欠かさず行ってた。いま思えば、月曜に開いている図書館なんてぼくの住んでいた県では一つもなかった。なんならそんな早朝から開館している図書館もない。おそらく、母はぼくのウソに気づいていた。

 

初めの頃は、ちゃんと勉強道具を持って図書館に行っていた。といっても勉強はせず、図書館が定期購読している月刊ムーだったり、北杜夫中島らもあたりのエッセイをぼーっと読んでいた。日が出ている時間帯の平日の図書館にはいろんな人がいた。窓際に並ぶ個別のテーブル席、レファレンス室のデスクライト付きの個別ブースでは、ぼくより幾分か気合が入っている浪人生が勉強をしていた。だから近寄らなかった。目に入るだけでこっちまで危機感を感じてしまう。なので、ぼくは浮浪者っぽいおじさんや、土方っぽいおじさんたちが集まる雑誌・新聞エリアで週刊ポストサンデー毎日を読み、子連れや高齢者が集まり賑やかな長机で寺山修司山岡荘八を読んだ。

読む本は無限にあった。どれも無料だ。書店と違って座りながら読めるし、中庭では飲食も出来る。良い環境だった。けど、図書館通いは長くは続かなかった。

 ある朝近所を散歩していると、一軒家のバルコニーで布団を干しているところの女性と目があった。見覚えのある顔、図書館の司書さんだった。彼女が軽く会釈をした。こちらも軽く会釈を返しその場を後にする。それ以来、なんだか彼女と会うのが怖くて図書館には行けなくなった。

 

――今年もダメだったみたい

 

2010年3月14日午前10時、まんが喫茶のパソコンで結果を見たぼくはため息混じりに父に報告した。

「そっか、ま、ダメだったら仕方ないな。いまから家戻る。これからのこと話すぞ。」

うん、と小さく返事してぼくは電話を切った。ドリンクバーのコーラは喉を通らない。漫画を読みたい気分でもない。足の爪先から頭のてっぺんまで、すーっと血の気が引く感覚がした。体の至るところから出ていった血はいったいどこに行くのだろう。入店30分にしてぼくはまんが喫茶を後にした。ゆらゆらと自転車を漕ぎ家へ向かう。

はじめての経験ではない。現役時もその漫画喫茶で父に報告をした。その時は不合格を知ってから1時間近くは放心状態で、父への電話だって嗚咽紛れだったっと思う。不合格のショックが回数を経る毎に小さくなってきてるなー、とぼくはぼやぼや考えていた。

長い坂道を上り家に着く。駐車場には父の車がすでにあり、玄関のドアを開けると居間に座るスーツ姿の父が見えた。この構図も一年前に見た構図と瓜二つだった。

「お前今年もダメだったのか~。そろそろ受かってもいい頃合いなのにな。」

 

浪人生でしかも宅浪と言えば不健康な生活を想起されがちだが、その頃のぼくは5時起き22時就寝と非常に健康的な生活を送っていた。古本屋を回らない日も毎日外を歩いた。でなきゃ部屋が自分のかび臭い大衆で一杯になってしまう気がした。散歩する時間帯はだいたい5時半から6時半。この時間帯なら外でぱったり顔見知りに会うこともない。日本列島の西の端にある沖縄の朝は遅く、紺色の空にはいくつか星も残っている。早朝の街を歩くのはせいぜいご老人かホームレス、弱者ばかりだ。ぼくはこの時間帯をweakers timeと呼んで気に入っていた。

 

浪人無職で迎えることになった19の春、ぼくは、

 

(続きは5年後)

抜粋ーあるブスの遺書より③

「好きな人を花火大会に誘ったけど断られた。ほかの女と行くって話をされた。」と泣いていたら「俺が行ったるやん」と言ってセフレが行ってくれた花火大会。
セフレとの思い出はドロドロなものばかりだけど、あの日だけはキラキラしている。

就活の思い出

お久しぶりです。

覚えてる?元気にしてるかな。

先週ふとマザーズを見ていたら、あの会社が上場廃止になっていたことを知り連絡しました。

「○○大学って知ってる?知らないよねそんな無名大学。私そこの学生だから大手の選考は1次も通らなくてさ。ベンチャーぐらいしかないの。」

駅からの帰り道、君はそう言って『ベンチャー』という横文字に漠然とした憧れを持っていた僕に『ベンチャー』が何たるかを教えてくれたよね。

おかげで僕はいま、大手重電でつまらないながらも安定した毎日を送っています。

来年には子供もできて結婚もする予定です。そう、デキちゃった婚笑。

僕で何か力になれるか分からないけど、困ったことがあれば連絡下さい。

それとあの時△△△(関西弁で女性器の蔑称)ありがとうございました。

 

ベンチャー』『重電』『オメコ』

集英社2016年採用試験三題噺より。

 

>>>import this

「悪くないね」と君は言う。

 駅のホームに冷たく乾いた秋風が吹き込んでくる。 
 空気の渦の中、掻き分けるようにして差し込む光の粒子。ハチミツ色の夕日が、君の輪郭をやわらかに染めあげる。 
 目を細めて見返しながら、「何が」と僕は訊く。

「あなたとこうして、手をつないでいられるってこと」

 君の手のひらから伝わるぬくもりは、寒さを忘れさせるほどに心地いい。言葉で肯定するかわり、握る手にぎゅっと力を込める。 
 伝わるのかな。たぶん、伝わった。

 自分のすぐとなりに、誰かの体温を感じられるというのは幸せなことだ。しかもそれが、大好きな人のものだったなら、なおさら。 
 冬を待つ東京の寒さにはまだ慣れないけれど、君のぬくもりをこうして浮かび上がらせてくれるのなら悪くない。それだけで苦手な寒さすら愛せそうな気がする。

「人が」とひと呼吸おいてから。

「どうして手をつなぐと安心するのか、知ってる?」と君に問いかける。

「それってさ、わたしと手をつないでいあいだは、安心してたってこと?」 
 質問には答えず、綻んだ顔を向けてくる。心を見透かされた気がして、頬が熱くなる。 
 その感情を悟られないよう、すばやく言葉をなげ返す。

「じゃあ君は、どう思ってたのさ」

「なにそれ。質問に答えてないじゃない、もう」 
 どっちがさ。自分のことは棚に上げて。君のわるい癖だ。

「まあいいや。わたしはね、あなたと手をつないでいるあいだ、すごくあったかい気持ちになれる。どんなに寒くても、そこで生まれた暖かさが、すーっと身体の芯まで沁みこんでゆくみたいな」

 君が握る手から、ふっと力が緩む。

「ただ、これだけのことなのにね」

 ほぐれた指先が、手の甲をやさしくなぞる。 
 ふいに鼓動がはずむ。ほんとうに、ただこれだけのことなのに。不思議でしかたがない。

「さっきの続きだけど」 
 何も言えなくなりそうで、慌てて会話の舵をきる。

「子どものころ、親と手をつないで歩いたり、眠ったりしただろ。そのときのほっとした気持ちををずっと覚えているから、だから手をつなぐと安心感が得られるんだよ」

「ふーん、そっか。じゃあわたしと手をつないだら、お母さんを思い出すんだね」 
 声音を変えて、くちびるをとがらせる。すねたような横顔が可愛い。 
 ちがうよ、そうじゃない。わかっているくせに。 
 伝えたい想いはたくさんあるのに、うまく言葉にしきれない。

「子どものころ親からもらっていた安心感を、大人になってこうして他人から与えてもらえるなんて、すごいことだと思わない?」 
 それはすてきな奇跡だ。誰だっていいわけじゃない。 
 誰のぬくもりでも、いいわけじゃ。

 こうしてふれ合える相手を、僕たちは求め、出会い、選び、そして選ばれて、確かな安らぎのなかでつながり合う。 
 それはあたりまえのこと。だけど、きっと特別なこと。

「……だから、だからさ」 
 最後まで口にできず、下を向く。 
 あふれだそうとする感情がどれほどあったって、口に出せるのはほんのわずかだ。 
 僕らはいつだってそうで、それはどうしようもなく悲しい。肝心なときに、いちばん大事な言葉が出てこない。

 沈黙を、なでるように風が吹いた。 
 その風にそっとのせて、そよぐ君の声。

「そうだね。あなたとこうしていられるってこと、それはきっと特別で、とてもすてきな奇跡だったんだって、わかってる」

 見あげると、眩しい太陽を背に受けて君は、穏やかに微笑んだ。

「……いくなよ」 
 その顔を見た瞬間、気持ちがこぼれだす。

「じゃあ、いくなよ。僕といて、そんなふうにまだ思えるのなら、いくな。そばにいてくれよ」 
 最後は、すがるように。

「ごめん。でも、いかなきゃ」

 そう言って、君は手を離す。切り離された想いが宙を舞う。 
 タイミングを計ったようにすべり込んでくる、無機質な電車の音。 
 そして、追いうちのふいうち。

「ねえ、あなたはわたしの手をにぎったとき、どう思ってくれてたの?」

 問いかける瞳は、うっすら涙でにじんでいる。

 まだそんな顔、するんじゃないか。 
 だったらなんで。

「……最高に、幸せだったに決まってる」

 しぼり出した、まじりけのない本心。

「よかった。わたしもだよ」

 それは泣き顔だった? それとも笑い顔? 
 判断に迷う僕を取り残し、君は電車に乗り込んだ。

 ――サヨナラ

 言葉ならない声で、くちびるがゆれた、気がした。

 僕は答えることができなかった。 
 何も言えず、ただ去っていく電車を見つめていた。 
 取り残された心で。

 夕日が、紅茶色に染めあげるホームには、誰もいなく。 
 冷たく吹きすさぶ風のなか、君から伝わったぬくもりだけが僕の手に残っていた。 
 いつもでも、いつまでも。

 

-The Zen of Python, by Tim Peters