文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

岡村靖幸『カルアミルク考』ーその2

働き始めてから、だいすきだった大森靖子アーバンギャルドMALICE MIZERを聴くことが少なくなった。聴いてるとなんか疲れる。

その代わり、桑田佳祐をよく聴くようになった。内容がない歌詞に、適度にキャッチーなメロディが麦茶みたい。疲れた心身にちょうどいい。それに職場カラオケにも使える。

 

桑田佳祐ばっか聴いてる毎日だけど、岡本靖幸の『カルアミルク』も頻繁に聴いている。月20回くらい。これほど、奥行きがあって聴くたびに発見がある曲もすごい。

 

今日の気付きは、職場の人と岡村靖幸の話をしていて、指摘されたこと。

カルアミルクの主人公は、バーボンソーダに代表される大人を気取った背伸びした関係よりも、共にカルアミルクを飲んで赤くなる関係に回帰したい、だから君なんだ、と歌う。

でも、それならなぜ待ち合わせ場所は六本木なのか?彼は結局セフレとしての彼女とよりを戻したいだけでは?と。

 

遊びの街六本木は、前者の代表のような場所だ。「うちに来て君がくれたカルアミルク飲まない?」とか「最寄りのサイゼで飲もうよ」とか、身の丈にあった(家庭的な)付き合いを所望ならもっと誘いようがある。真夜中に女性と六本木で待ち合わせる行為は、『ファミコンやって、ディスコに行って、知らない女の子とレンタルのビデオ見てる』その背伸びした自堕落な日常の延長ではないか?

 

結局主人公はその背伸びした日常を捨てる気はなく、六本木でふたり再開を果たせたとしても、結局彼女は主人公のセフレに戻るだけのことに変わりない。