文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

ぼくはアッなのかもしれない

きみ関西出身?ふーん、やっぱりね。だってイントネーションでわかったよ。…へぇ神戸かぁ。いい街だよね。前に一人旅で行ったことあるよ。横浜にはない異国情緒があって、好きだなぁ。…ふんふん、東京には今年来たばかりなんだ。ってことは年末は帰省するよね?…いや、ぼくはしないかな。大学に進学するために上京してから今までの5年間、一度も地元には帰ってないんだ。いや、確か2回ぐらい帰ったや。でもでも5年間で2回ってもう帰ってないに等しいじゃん、だからさ~

 
テキトウな話をペラペラ続けてると、隣に座っていた女の子がちょうど向かい合うかたちで、ぼくの膝の上に座ってきた。身長は160cmぐらいだろうか。露出した肉つきのいい上半身に比べて、重さは全くと言っていいほど感じられなかった。
 
薄明かりの店内。ぼくが座るソファー。目の前の裸体を隔てて小さなテーブル。その上に申し訳程度に置かれた鏡月。そのさらに向こうには同じように女を膝のうえに乗せまぐわる男女。フロアについたてはなく、視線を遮るものはない。店内の破廉恥行為が全て一望できる形となっている。しかし薄明かりの店内、他のテーブルの様子は鮮明には見えない。
 
ガンガン鳴り響く洋楽。レーザービームを受けながら回るミラーボール。このミラーボールがくるくる回り、店内をレーザー光線が縦横無尽に走っている間は『逆攻めタイム』といい、女の子の方から積極的にサービスしてもらえることになっている。
 
ぼくの膝の上に座った女の子。その女の子が関西出身で、昼はSEの仕事をしているということしかぼくは覚えていない。名前も聞いたと思うが、すぐ忘れてしまった。どうせ源氏名だろうし、名前なんてない方がぼくには都合が良かった。一個の人格として扱わなくて済む。これとても楽なことだ。敬語を使う必要もなければ、相手の心情を思いやる必要もない。ぼくはお金を払ってここにいるし、相手は人ではなくサービスなのだ。
 
ぼくが7割話し、彼女の3割を聞き流す。さて次は何を話してやろうか、と考えながらキスをし彼女のあらわになった上半身をいじりまわす。
 
そこは60分10,000円のパラダイス。退店する頃には元カノのことも、仕事のことも、みーんな丸っと解決するはずだった。
 
 
――悩みを人に打ち明けること、人に助言を求めること、これらは例え良い回答が相手からもらえなかったとしても、自らの思考を整理する上では非常に有益な行為だ、とこの前読んだ本に書いてあった。女の子の相談事には答えがない、と言われているのも、おそらく、「相談する」という行為自体を「考えの整理」として扱ってる側面があるからだろう。
 
「う~ん、やっぱさぁ、そんな彼氏、別れちゃったほうがいいと思うよ。」
 
そう言って「あなたは何にもわかってないのにどうしてそんなこと言うの!」と知人から肘鉄を食らった先週、その言葉を身にしみて感じた。
 
 これは何も女性に限定したことではない。悩める人男性女性問わずそうした傾向がある。彼・彼女のなかでは意識的にせよ、無意識的にせよ方向が決まっていて、でもただそのことを聞いてほしいから相談するのであり、明確な回答など求めていないことが多い。悩みの嵐のまっただ中にいる本人は混乱しているのだ。そこに、他者が聞きかじっただけの情報を元に、適切な回答など出せるわけがない。相談者が相手に求めるものは的確な答えをくれる聡明さ、というより、むしろ包容力にあるところが大きい。
 
 
 ぼくは高校生のころ、自転車で通学していた。自宅から学校まで約20分。朝は寝ぼけ眼で国道を滑走し、帰りは後ろに友人を乗せ、下道をノロノロ漕いで帰ってた。
 
この友人とやらが女の子だったらどんなにいいものだっただろう。もちろん男だ。それにツーブロックで当時からマイセンを愛喫していたいわゆるヤンキー。これには、時をかける少女どころか、ゆずの「夏色」の面影もない。当時はまだクローズの映画化前の、平成ヤンキー停滞期最後の時期だったこともあり、彼に対するクラスの視線も鋭いものがあったんだ。
 
どうしてヤンキー君とぼくみたいなガリ勉オタクが友だちになったのか……は後々話すことにするね。とにかく閉鎖的な地方進学校のクラスの中、彼は浮いた存在だった。そんな彼にとって、あまり社交性があるとは言えないぼくは与し易かったのかもしれない。そういうわけで、1年次にクラスが同じだったぼくらは、数ヶ月もしないうちに意気投合し、いっしょに帰宅する仲になっていた。
 
当時、ぼくは文芸部に所属するオタクでありかつ学校一の秀才だった。それで彼は学校一浮いているヤンキー。クラスで他にそこまで気が合う友人が出来なかったぼくらは、惰性で毎日よくつるんでいた。先生やクラスメイトには、それが不思議に映ったらしく、よくこの関係のことを聞かれた。
 
「ヤンキー君とよく一緒にいるようだけど、坪内くんは楽しいの?」
 
楽しいわけではないけど、つまらなくもない。今思えば大したことはないのだが、当時ぼくはいろんなことに悩んでいた。学校のこと、家族のこと、進路のこと。それに、「これはこれがぼくの全てだ!」っていうほどの恋もしていた。年柄、どうしても斜に構えてしまって、そうしたことはあまり人とは話せなかったのだが、ヤンキー君とは素直に話し合えた。下校途中は、そうした相談や、あることないこと、どうでもいいこと、とにかく色んな話をした。
 
1年次の後期途中から、ヤンキー君は学校を休みがちになる。原因は家庭の事情とか、たしかそんな感じなものだった気がする。彼からはその話は何度も聞いていたのだが、どうも思い出せない。ほんと、ぼくはテキトーな相談相手だったと我ながら思う。
 
そんなヤンキー君も、当時の担任などの頑張りもあり、なんとか進級できるギリギリの日数を登校し無事2年次に上がることが出来た。その後も、彼は落第するかしないかのギリギリの登校日数で2年次、3年次も過ごし無事卒業することが出来たのだが、ぼくはその彼と何の因果か3年間も連続して同じクラスになった。1学年9クラスなことを考えれば、1年次同じクラスだった二人がその後2年間も同じクラスの確率は81分の1、何か裏で力が働いたことは想像に難くない。
 
そういうわけで、高校3年間、下校はヤンキー君と一緒だった。彼との話は本当にバカバカしいものばかりだったが、その中で、ぼくは文芸部の活動では決して知り得なかったであろう、ヤンキー的な物の考え方に触れ感化された。お陰で学力は急降下することになるが。
 
それに、彼に自分の考えを話すことで、自分の中にあった、恋だったり、将来の夢だったり、そうした思いに気づくことができた。結局、このふたつは成就しなかったけど。
 
「学校はクソだけど、坪内と話しているときは楽しいかな」
 
ヤンキー君は恥ずかしげもなく、よくぼくにこう言ってくれた。きっと1年次の担任の先生にもこう言ったんだろうな~、と今にして思う。それゆえに、ぼくの高校3年間、クラスでは彼と班を組み、女の子と過ごすはずだった下校タイムは彼に浪費され、ついぞや彼女などできることはなかった……
 
 
友情を素直に口できる人は美しい
 
 
――話は変わるが、先月中島敦の伝記を読んで以来、ぼくは彼の作品にハマっている。「中島敦」と聞いてもすぐに思い出せる人は、それほど多くはないだろう。ところが、『山月記』という作品を聴けば、瞬間的に「あ、あの『山月記』の作者か」とピンとくる人は多い。ぼくもその口だった。この作品は、国語の教科書の定番となっているため、今でも多くの人に認知されている。
 
山月記』は、ある日突然虫になった男を描いた、カフカの『変身』の東洋版と言ってもよい。ある日突然虎になった詩人の話である。
 
この詩人、名を李徴といい、若くして官史登用試験(今で言う国家総合職採用試験)に合格するほどの秀才だったが、地道な役人として平凡な一生を終わるのではなく、詩人として不朽の名声を後世まで残したいと思うようになり、役人を辞めた過去がある。それからというもの、郷里に帰りひたすら詩作に励んだ。
 
ところが、詩人としての名声は一向に上がらず、家族を抱えての生活は苦しくなる一方。とうとう役人に戻ってもう一度働くことにしたが、自尊心を傷つけられることが多かった。そしてある晩、李徴は何かを叫びながら、闇の中を駆け出し、そのまま家族を残し失踪した。ときを同じくして、近くの森に人を喰らう獰猛な虎が頻出するようになり……。
 
とまあ、あらすじはこんな具合だ。ぼくも高校の頃、国語の授業でにひと通り読んだ作品ではあったのだが、この歳になって読み返すと、当時は気づきもしなかった作品のメッセージや、感じもしなかったシンパシーで胸がいっぱいになってしまった。野望と怒りと諦めと妥協。高校生の幼いぼくには、この作品のテーマがまだ見えていなかった。
 
この小説では、「虎」が作者の分身であった。中島敦その人も早熟の天才であった。中学校を飛び級で卒業し、その年に現役で天下の秀才たちが集う第一高等学校(現東京大学教養学部)に入学し、エスカレーター式で東京帝国大学国文学部に入学し、卒業する。その後、大学院に進学するも、当時付き合っていた麻雀店の店員タカが妊娠したことをきっかけに大学院を辞め、女学校の教師となる。中島にとって、「女学校教師」という職業は、決して生涯の目標ではなかった。
 
かといって、政治家や役人になるつもりもはなっからなかった。第一高等学校に進学が決まった際、地元新聞にまで載った中島は故郷の京城(現ソウル市)希望の星だった。中学の同級生たちからは「大臣か学者になることを期待している」とよく言われたらしい。その度ごとに、彼は「そのようなものになりたいとは思わない」と苦い顔で返したそうな。官僚にも、学者にもなれる。中島はそのために必要な知性は充分に持っていた。しかし、「心の中の虎」がそれをよしとはしなかった。
 
中島敦は、ひたすらに「小説家」になりたかった。しかし周りを顧みれば身重な妻。教師としてのルーティン・ワークに忙殺せれる日々。芸術より生活、野望よりも現実、本当の居場所より今の居場所。相反する二つの心を抱え過ごしていく中で、彼の代表作『山月記』は生まれた。
 
 
「人間が虎になった小説を書いたよ」
 
 
中島が『山月記』を書き上げた日、台所まで来て妻のタカに言ったらしい。彼女は『山月記』を読みとてもとても泣いたそうである。
 
中島敦は、あの太宰治三島由紀夫を含め、多くの近代文学者がこだわった「恋愛」を小説のテーマにすることはなかった。道ならぬ恋や、三角関係の葛藤が人間を「虎」に変身させるのはよくある話である。私事で恐縮だけど、ぼくもかつてはそういった短編を書いたことがある。だが中島はそれを小説の主眼に置くことはなかった。心の病とも言える「誇り」や「尊大な自尊心」、それと生活との妥協。その営みである「この世に生きる」という行為、いや状態そのものが彼にとっての永遠のテーマだった。彼の心の中に巣食う「虎」そのものだった。
 
 「坪内?おれおれ、宮里だけどさ、いまバイクで日本縦断しててさ、それでお前のところ明日泊まれる?ってかお前まだ東京に住んでるばぁー?」
 
ヤンキー君から電話がかかってきたのは、土曜の夜、ぼくが駅から寮へ向かって歩いていた午後10時のことだった。ぼくはふたつ返事で了承し、彼に今の住所を伝えた。
 
稲妻が如き排気音とともに大型バイクをに乗った彼が参上するまでには、20分とかからなかった。ちょうど近くを走っていたらしい。久々の再会の感慨や旅の思い出話もそこそこにして、ぼくは津々浦々の匂いを帯びた彼をひとまずお風呂に入れて、その夜は酒盛りをした。
 
積もる話はたくさんあった。なんせ5年ぶりの再会だ。ぼくが浪人していた頃は、神戸でパティシエの修行をする彼が沖縄に帰ってくるたびに会っていたが、ぼくが上京するに伴い会う機会もなくなり、年に数回メールする程度の繋がりになっていた。神戸での修行時代の話、パリ留学の話、ホテルパティシエ時代の話、日本一周を思い立った時の話、彼女の話…。ヤンキー君はよどみなく喋った。ちゃぶ台に置かれたビールはあまり手を付けられていない。彼はお酒を飲める方ではなかった、ということをその夜初めて知った。思えば、ヤンキー君と仲良くしていた時期はふたりとも未成年。今更の発見というか、当然の話だ。
 
ヤンキー君の話の中で、一番ショックだったのは“かつて”の同級生たちの話だった。
 
前にも書いたが、彼は高校時代、学校唯一のヤンキーとしてけっこう浮いた存在だった。なんならぼく方がクラスのみんなとよろしくやってたし、交流もあった。しかし2年間の浪人期間を経て、ぼくは彼らとの交流が無くなった。いや、自ら断絶したと言ってもいい。
 
 
浪人時代の2年間は、とにかく自分が惨めで仕方なかったし、彼らとは会いたくもなかった。その2年間を経て、ある程度名の知れた東京の大学に進学することになった。目指していたところとはだいぶ下のところだっただけに、悔しい気持ちもあったが、それよりも将来が拓けたことに対する安堵感の方が大きかった。少なくとも、無職から大学生という身分にステップアップできる。東京に出れると。
3.11の衝撃が依然として残る2011年4月にぼくは上京した。そのことをどこからか聞きつけてか、高校同期の東京組がぼくのために会を設けてくれることになった。現役で東京の大学に進学した彼らに対し、依然として劣等感を抱えていたが、しかしぼくだって滑り止めとは言え名の通った大学に進学する身だ。そろそろ少しは自信だって取り戻していいはずだ。それにこれからの大学生活4年間を考えると、先人である同期東京組は心強い友になるわけだし……。
 
 
そういう気持ちを胸にその「坪内を迎える会」に参加したのだが、結論から言えばその決断はまったくの失敗だった。「もうぼくに構わないでくれ!」と渋谷のキャバクラのフロアで土下座して彼らにお願いし、そのまま酒でぶっ倒れ、気づけばぼくは下宿のゲロ臭い布団の中にいた。なんでも、酒乱でぶっ倒れたぼくを心配して、東京組のひとりがぼくの兄を呼んでくれたらしい。ゲロゲロなぼくを抱え、兄はタクシーで八王子の下宿まで送ってくれた。窓からはオレンジ色の西日が差している。夕暮れ時だった。
 
 
酒乱で暴れだすまでの5時間は、当時何があったかを鮮明に覚えている。ただ、書くにはどうも同じような話の繰り返しになってしまうので省略する。飲めない酒を無理して飲んだのだって、寂しくって、惨めで、やりきれなくって、前頭葉を飛ばしたかったゆえだ。これからの大学生活に期待と不安でいっぱいだったぼくを前に、就活の話や東京組で作ったスノボサークルの話をする彼らが眩しくてしかたなかった。1年目のサークル選びの重要性や、講義の計画的な取り方をぼくにアドバイスする彼らは、ぼくの同じ平成2年生まれ、馬年だったはずのぼくの遙か先を行っていた。ぼくの知らない"毎年恒例"のスノボ旅行の話をする彼らとの間に、けっして短くはない2年間の断絶を感じた。
 
 
キャバクラ土下座事件が彼らの中でどう話し伝えられているのかはわからない。もしかしたら「あいつはおかしくなった」とか言われているかもしれない。そうしてまた、ぼくは高校の同期との連絡を絶った。西川や琢磨といった腐れオタク友だちや、ヤンキー君を除いては。
 
 
慶応に現役で進学しようが、大蔵官僚の子息として将来が約束されていようが、琢磨に西川、彼らオタク友達は己を尊び、常にモンロー主義を貫き社会から栄光ある孤立を維持していた。たとえ、どんなに満たされた環境に置かれても、絶えずうちに抱えたコンプレックスに苦しみ、軟派で軽薄な交流を良しとしない彼らか、ぼくは好きだったし、互いに気の許していた。それにヤンキー君はヤンキー君で、高校時代はこんなぼくたちよりも友だちがいない浮いた存在だった。高校を卒業してからも、大学進学をする周囲をよそに、パティシエになるために関西の専門学校に行った男だ。自称とは言え、一応当時は進学校であったうちの高校のなかでは珍しい進路であり、担任と進路のことで頻繁に話し合いの場、もとい説得の場を設けられていたことをよく記憶している。
 
そんな彼もきっとぼくら同様「断絶した地平を持った同期」だと思っていた。だから、卒業後も親しく付き合い、その日は家にだって入れた。
 
「アールがでーじお前のこと心配してたよ。マジ、自殺でもしてるんじゃないかって。冗談じゃなくてマジでマジで。」
 
「アール?あぁ、金城くんのことか。自殺はしてないけどこの通り病気だよ。ってかアールといま交流あるの?」
 
「知らんばー?みんなけっこう定期的に集まってるばーて。8期のLINEグループもあるよ?」
 
「みんな沖縄帰ったの?」
 
「じゃないとそんな会えないさ。アールとか慎一とか家までもう買ってるよ?」
 
「もう家もか。仕事は?」
 
「それがよ、ふたりとも意外とエリートで沖銀と琉銀だばーて」
 
「地銀か……そりゃたいそう"エリート”だね」
 
「それでよ、でもさあいつら全く変わってなくてさ、この前も飲み会で~~」
 
 
――う~ん、いやなことを思い出しちゃった。この話はやめよう。特に続きもないし。そういうことじゃなくて、さっきの彼女に振られた話に戻ろか。ぼくには今まで3人の彼女がいたんだけどさ、え?25で3人は少ないって?これでも仲間内では多いほうだよ。
 
それで、その3人の彼女のうち3人がメンヘラだったの。お薬も飲んでたらリストカット歴もあるような。別にメンヘラだったから好きになったってわけじゃないよ。わざわざ手首を確認して「この人が運命の人だ―!」なんて決め方してないから。たまたまだよ。たまたま。んで、その3人のうち2人が男性ホルモン接種歴があったの。2人とも「女と付き合ってた時期もありました~w」だってさ。“元カノ”の写真まで見せてもらったよ。その話を聞いた時は驚きよりも、エロい妄想の方が加速しちゃったなw なんてね。
 
それでさ、その3人ともが片親だったの。父親がいない母子家庭育ち。それでさっきのヤンキー君の話なんだけど、彼も実は母子家庭育ちだって言うのをこの前の夜初めて知ってね。とっても驚いたよ。だって高校3年間、毎日いっしょに帰ってたんだよ。くだらない話とか、それこそ青春っぽい話とかしてさ。でもそんな話は全く聞いてなかったんだよね。「何で今まで言わなかったの!!?」ってそのとき彼に聞いたら「今日はお前が可哀想だからなんとなく」だって。正直なやつだよね。自分の秘密にしたい恥部をさらけ出すことで、高校の同期たちにコンプレックスを感じるぼくの傷を癒やそうとでも思ったんだろうね。バカなやつだよ。でも彼とぼくみたいなガリ勉が仲良くなった理由がそのときようやくわかったよ。ぼく、父性の塊なんだよ、きっと。もやしのようにナヨナヨしてるように見えるかもしれないけどさ、こう見えて包容力あるらしいんだ。ね、笑えるでしょ?
 
ところでもしかしてきみも母子家庭育ち?だったら危ないよ、ぼくに惚れちゃうかもよ?え、違う?なーんだ残念。
 
店内を縦横無尽に駆け巡る無数のレーザー光線が弱まり、段々と暗闇が薄まっていく。ぼくの膝の上に据わったサービスは腰元まで下がったキャミソールを再び肩を通し、ぼくの隣のソファーに戻り空いたグラスに鏡月を注いでくれた。
 
「きみにはわからないだろうなぁ」
 
向かい側の席では男が未だキャストに舌を絡ませたキスをしている。キャスト側もまんざらじゃなさそうだ。男は見た感じ30代ぐらいの冴えない若ハゲだ。けっしてモテるようなタイプじゃない。
 
「なにが?」
 
マドラーでグラスをかき混ぜながら彼女が答える。
 
「ぼくがどれくらい惨めだったかってことだよ」
 
「何となく私にもわかったけどな」
 
「いや、わかってたまるか。こういう店はじめてだからさ、なんかバカみたいに話しすぎた」
 
「私に話してて気が楽になった?」
 
「いや、まったく。“こいつとは同じ地平を共有してきた”って思ってたヤンキー君がさ、いつのまにかみんなと同じ地平に移っちゃってたんだよね。それでいつしか立場が逆転しちゃってさ、なーにが“お前が可哀想”だよ。ぼくは今や将来安泰の公務員総合職だよ?!給料だって悪くない。女の子にだって意外とモテるよ?あんなやつに可哀想扱いされるとかわけがわからないよ。ね?」
 
「でもしょうがないと思うな」
 
「え?なんでよ?」
 
「ねぇ飲むペース早くない?大丈夫?」
 
「サービスドリンクの鏡月ばかり飲まれても困るもんね。ごめんごめん」
 
「そうじゃなくてさ。お家近いの?」
 
「そうだ、君もなにか飲みたいでしょ?1杯頼むよ。いや、2杯か。ぼくも同じので」
 
「えー?いいの?じゃあテキーラ頼んじゃおっかな」
 
彼女は黒服を呼びテキーラを注文し終えると、先ほどと同様に対面になる形でぼくの太ももの上に乗った。
 
サービスタイムを知らせるレーザーはもう走っていない。
 
彼女にはフラれるし、親友には裏切られるし、ふんだり蹴ったりで苦しかったからここに来たんでしょ?惨めを味わおうとかなんとかいう気持ちでさ。でも、ちょくちょく自負とか入れてくるでしょ?公務員なこととか、中島敦に自分を移しちゃってることとか。そういうとこ可笑しいなぁキミは。
 
ぼくの耳元で彼女がつぶやいた。目のすぐ下では、あらわになった彼女の胸がぼくに触れている。
 
これはサービスね。ドリンク頼んでくれたから。さっきの注文でいくらしたと思う?…ぶっぶー正解は5000円でした。たっかいよねーw 私ね、こう見えてけっこう本読むんだよ。なんせ早稲田の文学部出てるからさ。…えー?だってそれ初対面で言うとお客さん引いちゃうんだもん。つぼっちもその口でしょ?だから嘘ついたの。…ふふ、そうそう、そこで中島敦なんかについてもレポート書いてね。懐かしいなぁ。ねぇ?知ってた?中島敦がなんで教科書に載るようになったかって言う裏話?…うーんそうそう、それがない分つぼっちは中島敦よりも惨めで不幸だなぁ、って思うよw …ごめんごめん冗談だってばー。そういえばさ、さっきのつぼっちの元カノたちの共通点の話なんだけど…
 
彼女がぽんぽんとぼくの腕を叩いた。大げさに手で口元を隠し、おかしくって仕方がないよワタシは、と言わんばかりの動作。隠すところは別にあるだろうとぼくは思った。向かいのテーブルではまだ熱烈なキスが続いてる。
 
セクキャバに来てお酒を飲んで、いちゃいちゃ合法的にセクハラを繰り返し、心中を吐露して。こう素直に弱みを話せたのも、彼女が風俗嬢であり、人格を持たない一個のサービスであるが所以だ。元カノたちがみな病んでたのも、高校時代の親友がヤンキーだったのも、きっと根っこは一緒。コンプレックスがない人間とはぼくは付き合えないのだ。影のない人間と一緒だと、否応がなしに自分の醜さに気づいてしまう。『風俗嬢だ』と見下すことではじめて、ぼくは彼女と素直な言葉を交わすことができていた。
 
私がさ、こういうところで働いていることになにか変なドラマとか思い描いちゃったりしてない?君みたいなオタクくんにはそういう人が多いからさ。「彼氏がギャンブル狂いのダメ男 」だとか「父親が経営してる工場の経営が危ういから」とかさw
 
私こう見えても昼もOLとして働いてるんだ。職種はなんだと思う?…ぶっぶー。 残念でした。正解はSEです!w…うんうん、それがね、世間で言うほど忙しくなくてね。それで、空いた時間でも働けたらなーと思ってね~
 
彼女が自分語りをする度に、彼女に血液が流れ始め、輪郭が鮮明になり、一個のサービスから一個の人格としてぼくの目に映り始める。やめろ、やめてくれ。そんなことされたらキスができなくなる。おっぱいが揉めなくなる。お酒はだいぶ回っているはずなのに、さっきまでしていた行為、彼女に話した愚痴、いまの状況、そのすべてが恥ずかしくなってきた。
 
 
山月記の主人公、李徴には家族がいたし袁傪という唯一無二の親友がいた。中島敦にも妻子があり、死後中島敦の名声を高めるために奔走した友人たちがいた。代表作『山月記』が現代文の教科書に載るようになったのも、東大時代の友人たちの文科省へのロビー活動があったからと言われていいる。
 
 
ぼくには何がある?彼女には振られ妻子の予定もない。かつての友人とは連絡が途絶た。かつては信じてた詩作の才能だってないことがわかった。夢もなく目の前には2つのおっぱい。
 
ぼくはアッなのかもしれない。