弟は今年でいくつになるだろう……。たしかぼくと5歳差だったから、23歳。
同年代は大学を卒業して働き始める頃だ。
弟、彼は引きこもりのような生活を送っている。15歳、高校1年の春にして不登校からの退学からの人生ドロップアウト。以来ずっと家に引きこもっている。
「弟さんって何やっているんですか?」
「えーっと、あいつは無職やってます」
「大学は?」
「いや、行ってないんです」
「高校出てからフリーター、みたいな?」
「実は高校も出てなくて……」
今までの彼女たちに弟を紹介するのは毎回辛かった。
ただでさえ格が低い家柄なのに、中卒無職の引きこもりまで抱えているときた。
「そうなんだ……」
という彼女たちの言葉が刺さる。
弟、彼はぼくの暗い影だ。
ゴールデンウィーク実家に妻とともに帰省した際も、結局彼は顔を見せなかった。
父は「そんな無礼なやつがあるか!」
と怒鳴って弟を部屋から出そうとしたがそれも梨の礫。彼の部屋のドアは開かない。
「弟さんに会いたかったなー」
と残念がる妻を他所に、(わかる、わかるよ)とぼくは痛いほど弟に同情した。東京から来た兄嫁に合わせる顔なんてあるわけがないよなぁ。
弟、彼の高校中退からの引きこもり開始の時期と、ぼくの沖縄での浪人生活の時期は被っていた。
彼に起きた大きな変化をぼくは近くで見ていた。
むかしは素直で繊細で天才肌のやさしい弟だった。
「あいつは引きこもってから太った」
と父が言う。彼はむかし、ぼくと同様に痩せた少年だった。今はどんな顔をしているのだろうか。
今年1月に行われた妹の成人式の家族写真や、去年やったぼくの結婚式の全体写真にもその姿はない。
久しく彼の姿を見ていない。
弟はよくぼくに懐いていたので、彼が中学生になるまではよくふたりで遊んだ。当時から鬱病を拗らせていたぼくが、幼少期の彼の一番の友だちだった。もしかしたら、彼が引きこもってしまった責任の一端はぼくにあるのかもしれない。
おそらく彼が両親の面倒も看ることになると思うから、遺産はすべて彼にあげようと思っている。せめてもの償いだ。
弟に会いたい会いたい、とうるさい妻を、彼の立場も考えてみてよ、と宥める。
「楽勝な君にはわからないだろうけど、ぼくには痛いほど彼の気持ちがわかる」
「弟さんのことを恥ずかしい存在だと思うあなたの方にこそ、弟さんが出て来ない原因があるとは思わないの?」
痛いところを付かれた。確かにそうかも。
弟はぼくの人生の暗い影だ。
結婚を考え始めたとき、彼のことをどう相手の家族に伝えよう、というのが悩みの種だった。
前に、ある人に弟のことをグチったことがあった。
ーーえー!私も!私も無職の弟がいてね。このまま働かなかったら、そのうち家に呼んで私が養っていく所存です!
珍しく弟の話で盛り上がった。もうあんなに楽しく弟の話をすることはないんだと思う。
開かないドアを前に、彼女だったら弟は顔を出しただろうか、と考えた。