「民警」 ー 猪瀬直樹

かつて「特別防衛保障株式会社」という警備会社があった。

この会社、警備会社というのは名ばかりで、実態は左翼・革新勢力に対する右翼勢力の暴力装置であった。「警備」の名の下に企業や大学内部でのデモや労働争議に介入し、暴力をもってその鎮圧にあたった。

 

元陸軍大尉の飯島勇氏によって設立されたその会社は、氏の私塾である疑似右翼団体を前身とし、その私塾を率いて行った日大全共闘襲撃事件の敗北を契機に誕生したと言われている。

有志による私塾ではなく、近代的な組織体である「株式会社」の体裁を取ることで、

 

とまで話し、さぁこれからだ、というところで隣の後輩が寝ていることに気づく。彼の肩を揺らして起こし、話を続ける。

電車の心地よい振動とぼくのツマラナイ話が眠気を誘うらしい。電車はぼくが降りるべき駅を過ぎた。が、ぼくは話を続ける。あの日できなかった民警の話を、どうしても誰かに聞いてほしくなったのだ。

 

学生時代、猪瀬直樹にハマりその本は皇室関係を除きほとんど読んだ。その中でも小説がぼくは好きだった。綿密な取材に裏打ちされた時代背景の描き方には、読者に主人公たちと同じ空気を吸わせる説得力があった。

 

その前の年に発売された猪瀬直樹の『民警』もきっと面白いんだろうな、と思っていたぼくは、読んでもないのに読んだ体でそれを勧めてしまった。気を引きたかったんだと思う。

先月古本屋でその表紙を見て、忘れ物を取りに行くような感覚で買い読み始めて愕然とした。まったく面白くないのだ。内容が薄い。

 

見栄を張ってヘンな本を勧めてしまった後悔と、そういえばその後『民警』の感想を言い合うようなことなんてしなかったこととか思い出してきた。配慮だったんだと思う。それか「この程度の本がオススメ?」と軽蔑されたか。

楽しかったり、後悔したり、ため息が出るよような思い出に、新たに属性が一つ更新された。「あれってああだったんだ!」という数年越しの気づきが重なり、今でも生傷が絶えない。

 

今度はちゃんと読んだ者として、誰かと『民警』の感想を共有しなければならない気がして、半ば独り言のように眠そうな後輩に語りかける。これは自己セラピーだ。

 

彼が住む街は電車であと30分はかかる。