文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

書生オフの今昔

5年前、2chで開催された書生オフというのに参加したことがあった。

pokita.hatenablog.com

 

当時大好きだった森見登美彦の文体と坪内逍遥の小説『当世書生気質』の影響がまざまざと文面に出てる話。半分本当で半分ウソだ。

文章を作るのが下手なぼくは、書き上げるのに2日かかり、ブログに上げてから以後1年間くらい微修正を続けた。

「こうした方がおもしろい」

「これはくどい表現だ」

「こう言ったことにしよう」

確かに、あの日の浅草に、ぼくは彼らはそこにいた。しかし、その言動はぼくが書いたものとは多少異なっていた、と思う。

食い逃げなんていなかったし、華奢なイケメンなんていなかった。なんなら女子大生もいた。

 

けれど、数年間、リライトを続け同じ話を読み続けたことで、事実よりも創作した思い出のほうがより生き生きと思い描くことができるようになった。事実なんてほとんど忘れてしまった。

先日、その参加者の一人と偶然街で会った。彼は仕事中だったため、交わした言葉は一言二言程度だったが、非常にバツが悪い感じがした。目の前のコイツらに思い出のアイツらは一瞬にして殺された。

「生きてるのはアイツらではなくコイツらの方なんだよな」

 

寺山修司は自作「田園に死す」の中で、「なかったことも思い出である」みたいなことを書いた。過去を、都合よくいい思い出に書き換えるFAKE野郎にぴったりな言葉だ。