文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

義祖母が話せば

彼女のストーリーを信じるなら、ユミ―ぼくの妻―は現総理大臣の遠戚ということになる。

 

その彼女、ミーちゃんことユミの祖母の生まれは兵庫県。そのミーちゃんの母親、つまりユミの曾祖母の生まれが山口県。曾祖母のご兄弟の配偶者が、あの安倍一族の本家に連なる家系らしい。

ほんとなの?訝しげに聞いていると、ミーちゃんは決まって
「本当なのよ、家系図持ってきましょうか?」
と言うと、毎回こんな感じだから、こちらはもう「はいそうですね」としか言えない。

 

山口で生まれた曾祖母が、どういう経緯で兵庫に引っ越したか。兵庫で生まれた自分がどういう経緯で夫―つまりはユミの祖父―と出会い恋に落ちたか。祖父はどういう経歴の人だったか(由緒正しい家系の医者一族、という話が始まる、)。その祖父との間に生まれた第一子ーユミの母のことーはどれだけ愛され育ったか。その第一子の受験勉強奮闘記から初恋、そしてユミが生まれるまでの軌跡……。

 

「ユミのむかしの話を聞かせてください」
とぼくがミーちゃん―ユミの祖母でありぼくの義祖母―に言うと、ミーちゃんは決まって、まず自分自身の出生の話から話す。
ぼくが聞きたいのは「ユミ」の話なのだが、ミーちゃんは話の始点を、「ユミ自身」にではなく「ユミがこの世に生を受けるようになるまでの過程」に置く。

 

その話はユミが出てくるまでには30分以上もかかる上、話の本筋とはあまり関係のない端役(ミーちゃんの初恋の相手だったり、祖父の学友だったり)ですら、その生まれから経歴までも丁寧に詳細に語られるものだから、まるでバルザック。なんども聞いた話だが、驚嘆に値する出来で、聞いていて飽きない。しかしちと長い。

 

ユミは幼少期に両親が別居をしたため、実質、祖母、母、ユミの女系一家3人家族のなかで育った。3人とも会えばワーワー話したり、喧嘩しあったりで、6人家族のぼくの実家よりも賑やかだ。女三人寄れば姦しい、を体現したような感じだ。
この3人+婿養子なような身分のぼくで、月に一回はお茶会をしている。女性のパワーに圧倒されまくりで、ぼくにマイクが回ってくることはまずない。みんながみんな、我が我がと話の主導権を取りにいくような感じだから、ひとつのテーマが長く続くことは稀だ。ひとりがある話題について話し始めると、

「そういえば、〇〇と言えばさあ」

といった感じで、別の誰かが別のことを話し始め、くるくると話題は変わる。

 

そのなかでも、一番発言力が強いのはユミだ。生まれ持っての負けず嫌いな性格とチャキチャキした性格で、よく義母や義祖母の話を
「その話は前も聞いたよね」
「で、結局何が言いたいの?」
と打ち切る。母や祖母によくそういうこと言えるなぁ、と思うことはあれど、このおかげで早くお茶会を切り上げることができているから感謝している。

 

次に発言力が強いのはユミの母だ。決してグングンと前に出ていくような性格ではなく、どちらかと言えば繊細な感じの人なのだが、人に話を―殊に祖母に話を―遮られるのが嫌いなようで、そのたびに不機嫌な態度をあからさまに出す。
祖母はそれに気づけばきまって「ごめんごめん」と謝り、道を譲り、しばらく無口になる。この親子には不思議な力関係が働いているらしい。

 

最後がミーちゃんことユミの祖母だ。祖母はまさに肝っ玉女社長といった感じの顔立ち、雰囲気、しゃべり方で、ユミにも負けるとも劣らない気の強い人だ。だけれども、娘であるユミの母の前では、いっつも謝って折れてばかりなので、この3人で話すときはあまり発言力がない。

 

そんな感じだから、4人で会うとき義祖母の長い話をフルで聞ける機会はレアだ。ミーちゃんのストーリーをフルで聞く際は、決まって、ぼくと彼女の2人だけで会うときだったり、ユミと義母がテレビに集中しているときだったりする。

 

彼女から聞いた話で特に印象的だったのが、亡き夫―つまりユミの祖父―が昔付き合っていた女(仮にハルとする)の話だ。

 

ハルは和歌山の名家の生まれだ。(ミーちゃんの話の登場人物はいつも決まって上級国民だ。)。実家は代々の着物問屋で、地域でも指折りの地主だった。その昔、没落貴族の生活を援助していた関係上、華族にも連なる血が流れている、らしい。

 

そんな名家で生まれた4人兄弟の末っ子(長男は旧帝国大学の法学教授で、次男は神戸製鋼の役員とか)のハルは、蝶よ花よと大切に育てられ、関西随一の名門女学校、神戸女学院に進学する。不純異性交遊が一切入り込まない無菌室で青春を過ごした彼女は、卒業と同時に親のコネで三菱重工に就職。そこで出会って恋に落ちたのが4つ上の同期、将来のミーちゃんの夫となる男性(仮にタカシとしておく)だった。

 

そのとき、ハルはまだ処女だった。とミーちゃんは言う。何で知っているかは知らない。タカシは大阪大学理工学部(本人は東大に行ける学力があったが、親の介護のために地元大阪に残ったらしい。ミーちゃん談)を卒業したばかりの新人で、まだ女慣れしていなかった。
ハルの、まだ世間を知らぬような、生粋の処女のようなところに、タカシは惚れたらしい。ハルは、タカシの同期イチと言われる、その端正な顔立ちに惚れたらしい(ここ絶対嘘松。)。

 

ハルとタカシはデートを重ね交際を深めるも、タカシは、ハルを深く知れば知るほどにその世間知らずのおぼこな感性に幻滅していき、結局半年も経たずに破局する。
余談だが、その2年後タカシはミーちゃんという女性と結婚する、その結婚の決め手となったのは、「お前が病気にでもなったら私がラーメンの屋台引いてでも金は稼ぐ」というミーちゃんからの逆プロポーズを受けて、その生命力に感動したかららしい。
「女性こそ度胸と根性だよ」
とミーちゃんはよくぼくとユミに話してくれる。

 

閑休話題。ハルはタカシと破局後すぐ、結局1年も働かずに会社を辞めた。表向きには、実家がいい縁談を持ってきてくれたから、ということになっているが、実際は 失恋による敗走だと語り手は見ている。
ハルは縁談を頼りに地元に帰るも、 結局その縁談も形にならず。三菱重工に帰るに帰れないので、ぼやぼやと実家の不動産業の事務職としておままごとみたいな仕事をして日々を過ごしていたら、ある日高校のOBの先輩に呼ばれてワンダーフォーゲル(今でいうところの合コン?)に参加することになる。
そこで、神戸製鋼勤めの男性と出会い、二人は恋に落ちる。(ここで神戸製鋼勤めの男性の出身大学やら生まれやらが原文には入るけど、忘れてしまったため省略。)その彼の名前を仮にユウイチとしておく。

 

相手は大阪住みで遠距離の宿命。でも前回の失恋を糧に、大人の女性として成長していたハルは、危なげなくその求められていた役割を果たす。1年間の交際を経て、婚約まで話が進んだのだが、ここから雲行きが怪しくなる。どうやらユウイチには妻がいるらしい。そう、彼は既婚者だったのだ。ハルとユウイチが婚約し、入籍直前、というときに、ユウイチの口からハルはその話を聞いた。

 

「実は俺には妻がいる。でも、もう夫婦関係は終わっていて、今は別居中。離婚調停もそろそろ終わる。だから、入籍はもう少し待っててほしい。」と。

 

ユウイチと別れることなど考えられなかったハルは、その話を信じ、離婚調停のその日まで入籍を待った。そして、程なくして本当にユウイチは妻と離婚し、ハルと入籍した。2018年現在、ユウイチは他界している。ハルとユウイチの間には3人の子供ができ、ハルは5人の孫に恵まれた。
ユウイチさんはとてもいい旦那さんでした」
とハルは言う。その後の結婚生活において、ハルに後悔はなかった。だけども、心のどこかにはユウイチの前妻に対する懺悔の念があったんじゃないか、と語り手は言う。

 

ハルは今でも、西の方角に、まるでお祈りをするイスラム教徒のような恰好で、大きく頭を下げる姿が、たびたび息子や孫たちに目撃されている。西の方向―考えられるのは、ユウイチの前妻がユウイチと別れた後、故郷の北九州でその命を自ら絶った、その地に向かって懺悔しているのではないか、ということだけだ。

 

 

……なんで語り手(ハルの元恋人の後の妻)がハルとその旦那と前妻との関係を知っているんだ……、とツッコミどころ満載の話なのだが、学歴や生まれといった背景が丁寧に語られていることから、ディティールはしっかりできてて、耳で聞く限りは違和感なく話の世界に引き込まれる話術だった。
義祖母の話す話はそんな話ばかりだ。

 

ある日、ぼくとユミと義祖母の3人で食事していたとき、ぼくが話をあまり聞かず適当に相槌を打っていたのがユミにバレ、彼女に怒られたことがあった。
その際、義祖母は「この人は文学青年なの。頭の中はいつも考え事でいっぱいでね。だから、そういうところも許してあげなきゃだめよ。」と言いユミをなだめた。それから義祖母は、かつてユミの家庭教師をしていた、ぼくに似た文学青年の話をしてくれた。
どんな話だったかは覚えていないが、彼も例には漏れず、東大卒とかいう高学歴で、集英社役員の一人息子とかいうエリートな血筋だということだけは覚えている。

 

その話を聞きながら、ぼくはまた別のことを考えていた。ミーちゃんは、いつか誰かにぼくのことを語るだろうか。ぼくは、ミーちゃんに語られるに値する人物なのだろうか。華やかな経歴の人たちが繰り広げる人間ドラマを右から左に流しながら、ぼくは少し不安になっていた。