文弱日記

文学とサブカルとお役所生活

結婚式の謝辞

「結婚式はやっぱりする」
と決めたのが梅雨に入りかかった頃だったので、6月末くらいだったと思います。それから3ヶ月。
「親への手紙とか絶対イヤだから出し物も何もない略式のリゾート婚ね」
と彼女、新婦に言われました。だからここ沖縄で挙げることになったのですが、さすがに新郎の謝辞はカットできないだろうなと思い、その頃から謝辞の内容を考えてました。
どういう内容にしようか。昨夜までずっと考えてました。けど、何もいいことが思い浮かばず。今の今になってしまいました。
どうしてこうもいい内容を思いつかないんだろう。と考えると、そもそもぼくが結婚するということに、まだ漠然と他人事のような感覚でいることが、その原因にあるのかもしれない、と思いました。

新郎側の人、特に大学時代の友人や親兄弟ならよく知ってると思いますが、ぼく自身がとてもテーゲーな性格、これは沖縄の方言で"大雑把""テキトー"なという意味なのですが、そのテーゲーな性格のせいで、ぼくには人と共同生活を営むのがとても難しいという欠点があります。

茶碗の洗い方、掃除・洗濯の頻度、ゴミの分別、挙げればきりがない。そういう小さいところの一つ一つが相手を苛つかせるせいか、これまでのお付き合いはどれも、あと一歩というところで破断になってしまいました。
これはこれでしょうがないか。
と結婚は諦めていました。新婦と付き合っているときもそうでした。いつも彼女を苛つかせ怒られています。でも、不思議とぼくは悪い気はしてません。
「言われたとおりやってみるか」
と、改心した翌日にはそのことを忘れまた同じことで怒られる。生活は万事そのことの繰り返しです。でも、その生活がぼくにはしっくり来ました。

「人の注意をなんだと思ってるんだ」と彼女は隣でこの話を聞きながら怒ってると思います。それは悪い。ごめんなさい。でも、彼女とそうしたやり取りで埋まっていく日常が好です。ワーワー口うるさいが、根気があって、怒ったと思えばケロッと笑う彼女ほど、ぼくに合った素晴らしい女性は他にいないと思いました。
そういうことを思っていたら、気づいたらプロポーズしていて、入籍していました。ロマンスの欠片もない日常の延長に入籍があったので、あまり"結婚した"という意識はありませんでした。

結婚式の謝辞の内容が思いつかないもう一つの理由は、ぼくが結婚式という慣習そのものに感じている疑問にあると思います。

「結婚式はサボってもいいが葬式は死んでも行け」という政治家田中角栄の言葉にあるように、人と人とが悲しみを共有する場である葬式に比べて、結婚式は「ワタシたち幸せになったんだよ見てよ」とでも言うような品がない感じ。生まれてこの方、誕生日会さえ開いたことのないような日陰者のぼくには、結婚式は似つかわしくない、と思ったからです。

人は悲しみを抱えているとき、誰かとその悲しみを共有することで、その負荷を楽にすることができる。一方(結婚≒幸せという式をここでは敢えて公式として使いますが)、人は嬉しいとき、別にその嬉しさを誰かと分かち合わなくても嬉しいものは嬉しいのである。だからこそ、べつに結婚式なんて開いて、そんな幸せを参列者に押し売りをする必要性はない。

そんなことを考えていたので、結婚式には乗り気ではなく、この式の準備も嫁にお尻を叩かれ嫌々ながらやっていたようのものでした。
その最中、ちょうどみなさんのお手元にある席次表の印刷をしていたとき、彼女に今言ったようなグチをぶつけ、「こんな面倒くさいことやりたくない」、みたいなことを言ったことがありました。そうしたら彼女から
「でも人の悲しみに同情して泣くことは簡単だけど、人の喜びを自分の喜びとして一緒に喜べる人なんて稀だよ。まして、遠く沖縄まで出向いて友人の結婚を祝える人なんて。」
という言葉を言われて、ハッとしました。

そんなことがあったなぁ、ということを、この台風の中、便の欠航や遅延、慌ただしい予約変更などあったなか、ここ沖縄まで駆けつけてくれた皆さんの顔を見て思い出しました。特に、新郎側にいる友人たちは皆まだ独身です。なんなら今後も結婚しないと思います。ですが、そんなことは関係なく、わざわざ我々の結婚を祝うために、苦労をしてここ沖縄まで来てくれました。それが、嬉しくて、うれしくて。ひねくれた性格のぼくですが、やはりみなさんにこうした場で結婚報告できたこと、とても嬉しく思ってます。また、そうした場をぼくたちのために作ってくれた、こうして快く結婚式に参加してくださったみなさんのご厚意を、とても嬉しく思っています。そうした、みなさんの優しさのもとに今までのぼくらがいて、そのおかげでこうして出会い、結婚できたのだと、今日この場で実感することができました。今まで気づかずにすみませんでした。そしてありがとうございました。

(ここでぼくは泣き始めてしまったので要領を得ない言葉が続く…)

新婦に肩を叩かれながら、泣きながら何とかスピーチを締め、お開きとなった。終わってもぼくは泣いてた。いつまでも泣くぼくに対して、新婦からは「ゴチャゴチャ長い。田中角栄って出たときはまとめる気がないと思った。内容もちぐはぐ」と厳しい感想。小さいながらも、我ながらいい結婚式だったと思う。