仮想通貨始めました

去年の冬からワンオペで作成していたボランティア団体のサイトがこの夏ようやく完成しリリースされた。

評判も上出来で、「うちのも作ってほしい」と自治会や小学校から連絡も入ってる

 

ブックオフで掴まされたPython2とjqueryの古本を使ったため、2000年代の技術の結集みたいな、見返すと何ともな古代技術の賜物だけどちゃんと機能しているからスゴイ。

 

あまりにも未開すぎたボランティア団体の仕事を効率化するために手弁当で始めたプログラミングだったけど、サーバー設置費と教材費という名目である程度自由に団体の領収書を切れるようになったのはデカイ。

 

次は何を作ろうか、と考えていた時分、友人から電話が来た。東大で理論物理学を専攻する博士の鬱病だ。

 

「明日自殺します」

 

と彼は言った。

 

彼は小学生からの腐れ縁の幼馴染で、根っからの反出生主義者だ。人の結婚や出産を『裏切り者だ』と呪ったくせに、娘の一ヶ月記念日には高級玩具に高級寝具に高級服に、総計5万は超えると思われる出産祝いを送ってくれた。

自身は月12万の奨学金で食いつなぐ負債1000万の貧乏学生なのに、である。彼から送られてきた品々を開封するたびに、感謝よりも先に不安な気持ちになった。

 

本当に限界なんかもしれんな、と思っていた矢先の彼の自殺宣言。妻と娘を置いて、ぼくはひとり彼の住む茨城県つくば市まで向かった。

 

つくば駅では笑顔の彼が迎えてくれた。

「テメェに子どもができたから俺が自殺するだ?自意識過剰だ」

と言われた。でも自殺は本気らしい。「来月死ぬ」とも彼は言った。駅近の居酒屋で彼から話を聞く。直接の原因は特許庁での仕事だった。

 

 

浪人と留年を重ね今年30になる博士課程の彼はアカデミック以外での就職は絶望的だ。彼自身も労働を忌避しており、むかしから「学者になりたい でなければ死ぬ」とヘルマン・ヘッセのようなことを言っていた。

しかし、博士課程にも終わりが見えそろそろ学生から次のステップに移らなければいけないこの時期、教授から「アカデミック以外にも生きる道はあるぞ」と、某転職サイトでも日本一のホワイト職場に認定された特許庁を勧められて、そこに興味を示したらしい。

 

「悪くなければ働いてもいいかも、と労働に色気を示したのがバカだった」と彼は言った。

 

結果を言えば、日本一ホワイトだと言われた特許庁の労働環境ですら彼には許容できなかった。

 

「いま思えば、教授がアカデミック以外の道を勧めるってそういうことだろ。労働は無理だったし、アカデミックからは無理だと言われた。だから死ぬんです。」

 

自殺話もそこそこに、むかし観てたアニメの話だとか、郷土オキナワの話だとか、科学の話だとかした。「女の話」が出ないのがよい。

彼はセックスどころかオナニーも生まれてこの方したことがないのだ、と言う。本当だと思う。中学生の嘘のようなその告白に信憑性を持たせるには十分すぎるほどの変人性が彼にはあった。

 

しかし、だからこそ、自殺の話、思い出話を除けば、ぼくは彼と共通の話題を持っていなかった。

 

彼は理系ながらに、いや理系だからこそ語学が堪能で、彼は哲学書をドイツ語の原文を読む。

政治に強くコミットしており、党員ではないが熱烈な共産党サポーターだ。何度か政治の話でもやり込められた。

 

死ぬ死なないの押し問答をしてもしょうがないので、ぼくは金だとか女の話を彼にしたが、あまり興味を示してくれなかった。金に女にあと食べ物。田中角栄 話題の三種の神器。彼と話してるとその対比で自分の健常性が顕になるからイヤだ。

 

途中、最近作ったボランティアサイトの話をすると彼が食いついてくれた。

 

「俺もこの前ラズパイで簡易サーバー作ったんだよ」

 

いつになく饒舌にプログラミングの話をしている彼を見て、これはイケるかも、と思い提案してみた。

 

「おれらでさ、仮想通貨、作らない?」

 

「仮想通貨?バカか?あれは儲からないぞ」

 

「儲けるんじゃなくて分散台帳の勉強としてだよ。何か目標があった方がいいと思う」

 

「ならいいけど、私文のお前がついて来れるか?」

 

「2年ぐらいかかるかも……」

 

帰り、秋葉原まで(秋葉原まで?!)見送りに来てくれた彼とPython×仮想通貨の本を互いに買い別れた。

 

彼の知識についていくため、今はせこせことソケット通信の勉強をしている。